その男、激情!37

「佐々木さん、横浜へ向っています。この距離なら…早いルート知っていますので」
「ハイッ、お任せしますっ!」
「できるだけ、飛ばしてください。でも、警察には捕まらないように。捕まると時間のロスですから」
「お任せを。警察無線の傍受は出来ますから」

潤の指示で佐々木が車を制限速度無視しまくりで走らせる。
一見遠回りに見えるルートを潤が示すが、佐々木は素直に従った。

「…止まった。風船の動きが止まりました。佐々木さん、ナビお借りします」

携帯では詳細が分かり辛いと、車に搭載のカーナビへと潤の手が伸びる。
携帯で表示された番地から建物を割り出した。

「外れですね。中華街ではありません。木材ふ頭へ向って下さい…でも、ふ頭には入らないで……次の角を右に、次を左に…」
『次の信号を右折して下さい』

潤のナビと同時に、画面からも指示が入る。

「えっと、潤さま…どっちですか?」
「ナビは無視して下さい」
「了解です」

細い路地を入って行く。
車一台がやっとの道だ。
中華街とは違う、古く汚い中国系の店が建ち並んでいた。

「誰か手引きした者がいるのかな? 兄さんが知っていたとは思えないけど」

黒瀬の言う通り、適当に走ってここに辿り着くとは思えない。
台湾マフィアの隠れ家があるのかもしれない。

「潤、アレ、お猿の車じゃない?」
「ダイダイッ!」

黒瀬の言葉に、潤より先に佐々木が反応した。
路地の右に狭い空き地があり、そこに似合わぬスポーツカーが駐まっていた。
佐々木が車を停め、飛び降りた。
潤と黒瀬も後に続く。

「佐々木さん、こっち」

ここからは、また携帯が役にたった。
大喜がいると思われる建物の中に潤が先頭に立って入って行く。
汚い雑居ビル。
一階は中華料理店のようだが、シャッターが閉まっていた。
店舗横に階段があり、そこを駈けのぼった。
二階か三階と続いていたが、どちらの階にいるのかは携帯が示す風船では分からなかった。

「今、音がした。…アレって…」

二階から探し始めようとしていた一行の耳に、耳障りな音が届いた。

「銃声ですっ! 上ですッ!」

佐々木が潤を押し退け、先頭を切って階段を上がる。
三階は通路を挟んで左右にドアが二つずつ並んでいた。閉まっているのは一番奥のドアだけだった。

「アソコだっ!」

佐々木が怖面の顔を一層しかめて、ドアに向って猛進する。
その後に黒瀬と潤が続いた。

『オッサァアアアンッ!』

大喜の佐々木を呼ぶ声が声がドアの向こうから聞こえてきた。

「ダイダイッ! 待ってろっ!」

ドアノブに佐々木が手を掛けたが、鍵が掛っていた。
古い木製のドアを、佐々木が何の躊躇もなく蹴飛ばした。呆気なく蝶番が外れ、ドア板が前方に倒れた。

 

***

 

「…なんで? …うそぉおっ…」

確かに助けを求めた。
この状況で―――下半身裸でしかも剥き出しの局部に、桐生の先代が顔を埋めている―――で、何者かの足音が響けば、そりゃ、咄嗟に出るのは信頼できる男の名前だろう。
確かに大喜は「オッサン」と佐々木を呼んだ。
それは、ジェットコースターやお化け屋敷で母親や恋人の名前を無意識に出してしまうのと同じような感覚だった。
なのに、叫んだ相手が本当に現われた。
一番見られてはならない状況で。

「・・・」

勢いよく部屋に入った中年男は、目の中に飛び込んで来た光景に、脳内の処理が追い付いてないようだ。
入って来た瞬間のしかめっ面のまま、フリーズしていた。

「…黒瀬、アレ、組長さん?」

髪が肩まである人間が大喜の股間に顔を埋めている。
入口からは後頭部しか見えない。

「そうだよ、兄さんだ」
「…組長さん、…咥えちゃってる…とか?」

潤が率直に見たままを口にした。