その男、激情!36

「佐々木、早く大森の居場所をっ」

ベッドの上から、時枝が首だけ起こした。

「はいッ!」

と、佐々木は返事だけ威勢がよかった。
気が動転しているらしく、どこをどう探せばいいのか、基本的な事が思い付かないらしい。
えーっと、えーっと、と病室内を落ち着きなくグルグル回りだした。

「佐々木、GPS機能。キッズ携帯だろ、大森のは」

時枝の苛つき具合が声に出ていた。

「キッズ携帯? ダイダイはキッズ携帯だった? 前は違ったと思うけど……」

赤外線でアドレスのやり取りをしたことが潤はある。
そのときは普通に機能が充実した大人が持つ機種だったと記憶している。
もっともそれも数年前の話になるが。

「…いや、物騒な世の中なので…、潤さまも前に拉致やら、誘拐やらありましたので…、可愛い大喜の居場所が直ぐに分かるようにと…」
「普通の携帯でも分かるじゃない。わざわざ子ども用持たせなくても。よくダイダイだが納得したね」

潤は呆れていた。
大学生にキッズ携帯はいくらなんでもないだろう。
友人の前で出すのが、恥ずかしくないのだろうか?

「そうなんですか? 子どものいるヤツラが、大事なガキの安全には、キッズ携帯が欠かせない、と言ってたもんで…。それに、防犯ブザーも付いているらしく…」
「佐々木、どちらも役に立ってないじゃない。早く、確認したら? 直ぐに分かるように持たせた携帯じゃないの?」

黒瀬の言葉に、佐々木が慌てて自分の携帯を取り出した。

「風船が、風船が…動いていますっ!」
「見せて」

黒瀬が佐々木から携帯を取り上げた。

「動きが速い。車で移動中か。追うよ。佐々木車出して」
「はいっ! あ、…ここの警備は」
「桐生の者で問題ない。どうせ、私服警官も院内には紛れ込んでいるだろうし。厄介な兄さんはこの風船と同じ場所じゃない?」

ポイ、と携帯を黒瀬が潤に投げた。

「潤も兄さんに会ってみたいよね。時枝は、まだ無理だけどね。動けないんだから、しょうがないよ。ふふ、安静に」
「…時枝さんより先に会って…いいのかな、俺」
「どうぞ、お気遣いなく。それより、勇一のアホがアホなことする前にお急ぎ下さい。昔から下半身にはだらしのない男ですから」

時枝は、シーツをギュッと握っていた。

「生存が確認できたばかりだというのに、もう浮気の心配なんて、時枝に同情するよ」
「社長、楽しそうですよ。佐々木、早く。大森にもしもの事があったら、どうする? あれは今勇一であって、勇一じゃないんだ」
「はっ! こうしちゃあ、いられねぇ。直ぐに追い付かないとっ」

血相を変えて、佐々木が病室を出た。
その後を黒瀬と潤が追う。
駐車場に駐めてある佐々木の車に三人が乗り込む。
運転手は佐々木。
助手席には、携帯を持った潤。
後部座席には黒瀬。
珍しく黒瀬と潤が離れて座った。
携帯を渡された時から、自分がナビをしろという意味だと、潤は理解していたので自ら助手席に座ったのだ。
黒瀬が何も言わない所を見ると、それは正解だった。
秘書としての潤の仕事は多岐に渡る。
カーナビよりも的確に抜け道の指示まで出せる。
渋滞などで会議に遅れることのないよう、首都圏の道はタクシー運転手より詳しかった。