「おいガキ、お前、早死にしたいのか? それともオツムが弱いのか? これが何だか分かるだろ」
橋爪が銃口を青年の額に向けた。
「久しぶりに出て来て、まだ人をガキ扱いよっ、あんた今組長じゃないんだから、無礼も何もないよな」
その銃口を邪魔だと青年は手で払い、身を橋爪の方に自分から乗り出すと、橋爪の掛けていたサングラスを瞬時に外した。
「ヤバイよっ、あんたっ、腹いて~~~~っ、」
橋爪の顔を見るなり、ぎゃははは、と馬鹿笑いを始めた青年に、橋爪は言葉を失った。
「なに、その髪型とその顔のミスマッチッ! あ~~、あんたに長髪は似合わね~ッて。あ~よかったっ、あんたが、今オッサンの上司じゃなくて。思いっきり笑っても、叱られないっ!」
オッサンが誰の事を指すのか、橋爪には見当も付かない。
だが、自分がこの若造に非常にバカにされていることだけはわかった。
仕事以外の殺しは趣味じゃないが、この時ばかりは、目の前の大笑いの青年に殺意が芽生えた。
「…黙れ」
橋爪が唸る。
馬鹿笑いで忙しい青年の耳には届かなかったらしい。
涙を零して笑っている。
「黙れ、ガキ」
銃の柄で、青年の首の付け根を激しく打ち付けた。
「な、…に、」
大笑いの最中に、突然の衝撃を受け、青年は意識を失った。
途端車内が静寂になる。
橋爪は一旦車から出ると運転席に回り、青年を蹴飛ばし助手席へ移すと、自分がハンドルを握った。
「ガキは静かに寝てろっ」
青年を乗せたまま、橋爪は車を出した。
「は?」
走行を始めた橋爪が、スポーツカーの狭い後部座席を陣取る物体に気付き、思わず声を出した。
「着ぐるみか? 中に入っているならサッサと姿を現わせ」
と言いながらハンドルから片手を離すと、バックミラー越しに焦点を定め、銃を放った。
鈍い音がして、物体の中心から煙が上がる。
「ふん、ただの縫いぐるみか。桐生っていうのはアホの集団なのか?」
時枝を撃った時も、時枝を含めた三人が奇妙な被り物をしていた。
そして、自分を馬鹿にしたように大笑いした青年の車には、大型の熊の縫いぐるみ。
どう考えても普通じゃなかった。
李からの仕事の依頼を考えると、桐生は名の通った組のはずだ。
しかし、台湾で身を寄せていた裏の世界とは違いすぎる。
後部座席を陣取っている熊の縫いぐるみから、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
鼻腔を擽る匂いが、橋爪に自分の仕事を思い出させた。
最初から嫌な予感がした日本到着だったが、想定外の事ばかりだ。
今に李から催促の連絡が入るだろう。
入れば終わりだ。
失敗は自分の死を意味する。
そういう世界だ。
李は、何か知っているのか?
橋爪は、ふとそんな気がした。
「まあ、いい。仕事は仕事でやり遂げるさ。この生意気なガキ使ってな」
自分から出向くより、相手を誘き寄せた方が早い。
どこまでこのガキが桐生に関わっているかにもよるが、黒瀬を出迎えに行ったことと、自分をを知っているような生意気な口のきき方からして、橋爪は使えると踏んだ。
「…いてぇ…」
「やっとお目覚めか?」
「…さむっ」
「そりゃ、その格好だからな」
「…格好? ――うわっ!」
痛む首を押さえながら、青年が自分の姿を確認した。
「どういうことだっ! 俺をまさかっ」
下半身、剥き出しだった。
下だけ何も身に着けていない。
下着、靴下、靴、全部脱がされていた。
そして、片手にだけ鉄の輪が嵌められており、そこから伸びた鎖の先を橋爪が手にしていた。