「ふふ、優しいね、潤。私も潤の事は潤以上に知ってるよ」
潤の頭に黒瀬がキスを落とす。
「…時枝さん、……本当に、嬉しいと思う?」
「思う」
「撃ったのが組長さんだったって、時枝さんに言う?」
「目が覚めたらね」
「――覚めて……います…」
黒瀬の背後から、微かな声が届く。
「時枝さんっ!」
潤が黒瀬を押し退け、時枝の側に行く。
「時枝さんっ、今の話…まさか…えっと、」
「潤さまの大声で、覚醒したようです…。どこからか現実か…分りません……が、…勇一が…、」
時枝の目からツーッと一筋の滴が、頬から耳の下を通り、枕に着地すると小さな染みを作った。
「…勇一がっ、……あの馬鹿がッ…生きて、…生きて…っ、…くっ、申し訳ございません、一人にしていだけませんかっ、」
顔を背けた時枝からは、嗚咽だけが聞こえてくる。
「…時枝さん、」
時枝の涙が、潤の心にキュンと突き刺さる。
何と声を掛けていいのか、分らなかった。
そんな潤の肩を黒瀬が抱え込み、『行こうか』と耳元で囁いた。
黒瀬に促され、潤は時枝のいる個室を出た。
ドアが閉まった瞬間、中から「ウォオオオオッ」と、獣のような咆吼が洩れる。
多数の銃弾を受けた身体から発せられているとは思えぬような、張り裂けんばかりの声だった。
「時枝組長っ!」
ドアの側に立っていた佐々木が、声に驚き中に飛び込もうとしたが、黒瀬に首の襟を後ろから掴まれ阻まれた。
「歓喜に浸っているのを邪魔しない」
「歓喜? 喋ったんですかっ! 狙撃したのが先代だって、ばらしたんですかっ!」
振り返り、佐々木が黒瀬に食って掛かる。
「興奮しない。潤との会話を時枝が盗み聞きしただけ」
「――そんなぁ…」
佐々木がその場に崩れる。
そして、そのまま自分の太腿を殴り付けながら、泣き始めた。
「…可哀想だっ、…組長が、時枝組長が…、何をしたって言うんですかっ、…くそっ、」
佐々木の背中を、黒瀬が足で蹴った。
「時枝に対して失礼だろ。脳味噌が空のゴリラに同情されるなんてね。あんなに喜んでいるのに、失礼なヤツ」
「…黒瀬、泣いてたぞ…時枝さん、涙零してた…」
佐々木じゃなく、潤が控えめに反論した。
「そうだね。嬉し涙流していたね」
潤には優しく黒瀬が答える。
「…本当に黒瀬は、時枝さんが喜んでいると思っているのか?」
「当たり前じゃない。さっさきも言っただろ。ふふ、時枝の時間が動き始めるよ、これで」
嬉しそうなのは、時枝よりも黒瀬のように見える。
まだ床で泣いている佐々木に、黒瀬が再度蹴りを入れる。
「泣いている暇があったら、仕事すれば? 兄さん、また時枝を殺そうと画策するよ。兄さんの居場所突き止めたりとすることあるんじゃない? 佐々木も兄さん見て分っただろ。兄さんは、時枝の事も我々の事も忘れているようだから、邪魔となれば桐生の組員だって殺すよ」
「…ボン、…アッシ達は、勇一組長から時枝組長と桐生を守らねばならないということですかっ」
「そういうこと。少なくとも、今の兄さんは味方じゃない。今後は分らないが」
「…やはり、残酷じゃ、ねぇですか。恋人同士だった者が敵味方って…、酷すぎますっ!」
「だった、って、過去形にしちゃって。佐々木も案外冷たい男だ。時枝の中ではまだ続いていると思うけど」
「そんな、言葉尻はどうでもいいでしょ!」
佐々木が床から黒瀬を見上げ、叫(わめ)く。
「佐々木さん、ここ、病院だから…」
先程のリベンジではないだろうが、潤が佐々木を注意をする。