「…ボ、…武史さまっ、…それっ、アッシの、――いつの間にッ」
「弾が入ってないって、どういうこと? あの人も動揺していたみたいで、気付かれずに済んだけど」
佐々木が腹を押さえながら、黒瀬の手から自分の拳銃を取り戻した。
「…威嚇(いかく)にと、持っていただけです。病院内で、発砲する気はありませんから」
「ふふ、甘いね。そんなことじゃ、兄さんに時枝殺されちゃうよ?」
小馬鹿にしたような口調で、黒瀬が佐々木を冷ややかに笑う。
「…本当に、組長なんですかっ! 先代なんですかっ!」
拳銃をしまいながら、佐々木が黒瀬に食って掛かる。
「顔は整形で似せられても、声は無理じゃない? 物まね芸人じゃあるまいし。それに、体臭もね。兄さんと同じ匂いだったよ」
「――そんなァ…」
「なに落胆してるの? 喜ばしいことじゃない? 消息不明で死人扱いだった人間が、戻って来たんだから。時枝に教えてやらないとね…ふふふ」
黒瀬が邪魔だと佐々木を押し退け、時枝のいる個室へ向う。
「黒瀬、どうだった? 現われたの?」
時枝の側に、潤が付いていた。
「現われたよ」
「怪我は? 大丈夫なのか?」
「見ての通り、私はかすり傷一つない。時枝は、まだ目が覚めないの?」
「うん。夢見ているみたい。時々『勇一』って唸ってるよ」
「何年経っても、兄さんで時枝の中身は埋まっているってことか。ふふ、だとしたら、時枝が引き寄せたのかな?」
「引き寄せた? なに、それ」
黒瀬が時枝のベッドの側に寄る。
「ボンッ、」
その時、佐々木が個室へ飛び込んで来た。
「ダメですっ!」
「うるさいよ、」
黒瀬が、佐々木を睨む。
「残酷な事、言わないで下さいっ! 勇一組長が、狙撃犯だったなんて、残酷過ぎますっ!」
「…佐々木さん?」
「あ、」
慌てて佐々木が自分の口を手で塞いだ。
黒瀬が時枝のベッドに腰を降ろしながら、
「ふふ、自分で言っちゃったよ」
と、佐々木を一瞥した。
「なんだよ、どういうこと? 佐々木さん、今、勇一組長って、言った?」
潤が佐々木に詰め寄る。
「…えっと、…その、」
「狙撃犯って、どういうことだよっ!」
潤が自分より体格のいい佐々木の腕を掴み、佐々木を揺らす。
「時枝、兄さん生きてたよ。良かったね」
黒瀬が時枝の頬をなで下ろしながら、目を閉じたままの時枝に告げる。
「黒瀬っ、組長さん、生きてたのかっ!」
潤は時枝のことを今でも時枝さんと呼ぶので、組長とは先代の勇一のことだ。
佐々木の腕を掴んだまま、潤が黒瀬を振り返る。
「殺したいぐらい、愛されているのかな? 兄さんから受けた銃弾に倒れて。兄さんは時枝の前に姿を現わそうとしたよ。ついさっき、拳銃を持参で」
潤にというより、黒瀬の言葉は時枝に向かっていた。
「――バカな…、…そんなこと、…そんなぁ…、組長さんが…時枝さんを…有りえない!」
「事実だよ。おいで、潤。佐々木にしがみつくぐらいなら、私の胸にどうぞ。ジェラシーで佐々木を殺す前においで」
ベッドの腰掛けた黒瀬が、自分の胸を軽く叩く。