その男、激情!23

中から、マスクを片耳にぶら下げた医師が、疲労した顔で視線を下にして出て来た。
潤が黒瀬の袖をギュッと握り、黒瀬は潤の腰に手を回し、佐々木はやっと立上がった。
誰一人、自分から医師に訊ねようとはしなかった。

「手術は…」

三人が息を呑む。

「一応、成功しました」

成功したとは思えぬ暗い表情だった。

「一応? その曖昧な表現は、どういう意味?」

ありがとうございました、の礼もなく黒瀬が医師に突っかかる。

「手術は成功です。但し、足の神経を損傷していますので、歩行が困難になる可能性があります。但しその場合でも、脊髄は無事ですので、リハビリでなんとかなるでしょう」

やっと医師が顔を上げた。
疲労困憊の表情のまま、淡々と説明をした。
ホットした潤が、黒瀬の胸に顔を埋めた。

「あ、ありがとうございますっ!」

佐々木が医師の前に飛び出し、深々と頭を下げた。

「…いえ、仕事をしただけですから…」

そんな佐々木に医師は、無表情で答えた。
早くこの場を離れ休憩に入りたい、という所だろうか。

「本当に、ありがとうございますっ!」

そんな医師の手を佐々木が強引に両手で挟み、何度も何度も礼を言う。

「本当に本当に、先生のお陰ですっ!」
「ですから、私は仕事をしただけです」

いい加減にしてくれよ、という本音が、声に表われていた。
この医師、今日は緊急手術が続いており、極度の緊張から今やっと解放されたばかりだった。
まともな精神状態の時なら、どうみてもスジモノの強面男を邪険に扱うことはしないだろうが、今は違った。

「何を仰有るっ! 先生がいなかったら、きっとうちの組長は、とっくにあの世へ行ってますっ!」

もう、うんざりだった。
心臓を撃たれた訳でもないのに、そう簡単に人間死ぬかよ、と医師は内心で毒づいた。

「そうですね。私がいたので、助かったのかもしれません。では、失礼します」

反論する気にもなれず、佐々木の手を振り払い、医師はその場を離れようとした。
黒瀬が、潤に「ちょっとゴメンね」と断りを入れてから、医師を追いかける。
そして、医師の肩に手を回した。

「なんですか、あなた」
「ふふ、先生にちょっとご相談が」

自分より、身長のある黒瀬に肩を捕られては、逃げようがなかった。

「どういった?」

明らかに不機嫌な声。

「先生と、この病院の院長に、お願いしたいことが」
「はあ。今すぐじゃないとダメでしょうか?」
「もちろん。今すぐ、院長室に案内して。じゃないと、命の保証はできない」
「…すみません、…今、何と仰有いました? 疲れていて、聴覚が少し変になったようです」
「命の保証はできない、って言ったんだけど。分りやすくいうと、さっさと案内しないと、ふふ、殺すよ、ってこと。急を要するので、モタモタしないで欲しいんだけど?」

今度は医師の耳に口を近付けて言った。

「先生一人、警察沙汰にしないで消すことぐらい、簡単だから」
「あ、あなたっ、私を脅迫するつもりですか!」
「大袈裟な先生だ。サッサと案内してくれればいいじゃない? さあ、行きましょう、先生」

幾ら疲れていると言っても、命云々言われれば、足取りも速くなる。