その男、激情!21

「邪魔です。開けて下さい」

救急隊員が担架を担いで出てきた。
担架に人が乗っているのわかる。

「組長っ! しっかりっ」

救急隊員と一緒に現われたブタに、野次馬軍団は笑うことも出来ず、唖然としていた。

「若頭、マスクッ!」
「うるせぇ、マスクがどうしたっ! 俺は風邪じゃない!」

被ったいる当の本人は、自分がブタのマスクを被っていることを、忘れてしまったようだ。
野次馬どもは、ブタに気を取られたいたが、橋爪は違った。
視線は担架の上のターゲット一点に注がれていた。
担架からダラリと垂れた腕。
やっと姿を見せた時枝は、もう馬のマスクは着けていなかった。
頭部からも血が流れているのが分る。
だが、残念ながら、弾は頭を貫通していない。
していたら、即死だったろう。
角度的に顔が見えない。
ブタの身体がちょうど顔の部分を隠していた。
人をコケにしたような姿で現われ、しかも一命を取り留めつつある、苦々しいターゲット。
その生の顔を自分の肉眼で拝みたいと橋爪は思った。

『退け、ブタ』

邪魔な男が担架から離れるよう念じた。
橋爪の念が通じたのか、救急隊員から何か言われたブタが、先に救急車両に乗り込んだ。
ターゲット時枝の横顔が見えた。
血に染まった横顔では、顔の造りそのものは分らない。
写真では眼鏡を掛けていたが、今、時枝の顔にはなかった。
元々着けていなかったのか、それともマスクと一緒に外されたのか。
救急車両に担架を乗せる時に、担架の向きが変わった。
その時、時枝の顔を正面から捉えることが出来た。

「――なんだ、あいつッ…くそっ、…ハァッ」

時枝の生の顔。
左半分は生気なく青白く、右半分は血で覆われていた。
血まみれの顔など珍しくもない。
それなのに、時枝の血に染まった死にかけの顔を見た途端、心臓を打ち抜かれたような衝撃を受けた。

「…息がっ、…、あのヤロウッ、…死ぬ前に俺を呪い殺そうととでも言うのかッ…」

呼吸が苦しくなり、野次馬の中に埋もれるようにしゃがみ込んだ。
どうして、急に身体に異変が起ったのか分らない。
肺や気管支に異常はないはずだ。

「…ハァ、…ハァッ、なんだって言うんだっ!」

救急車が発車した音を、野次馬達の脚の間で聴いた。
何とか立上がると野次馬を押し退け、橋爪はその場から離れた。

 

***

 

「佐々木さんッ!」

都内屈指の総合病院の手術室の前。
長いベンチに佐々木が頭を垂れ一人座っていた。

「潤さまっ、ボンッ!」

駆けつけた潤と黒瀬を見て、突然立ち上がったと思うと床に座り込んだ。
そのまま、頭を床に付け、佐々木が叫んだ。

「申し訳ございませんっ! アッシの責任ですッ!」

土下座と言うよりは、床に額を打ち付けていると表現した方が正解だろう。
ゴンゴンと音が廊下に響く。

「殺すまでもなく、自殺する気らしい」

頭を床に打ち付ける佐々木を黒瀬が上から呆れた顔で見下ろしている。

「責任とかどうでもいいですっ! 時枝さん、生きてますよねっ!?」

佐々木に合せ、腰を降ろした潤が佐々木の肩を掴み激しく揺すった。

「…手術が終わってみないと…出血が酷かったので…」
「まさか、昨日の今日で、狙われるとはね。これで死んだりしたら、兄さんは喜ぶのか悲しむのか…ふふ、実はどこかで生きていて、時枝が先にあの世ってこともあり得る」
「黒瀬ッ!」

廊下に響く潤の怒声と破裂音。
それは物が破裂した音ではなく、潤が黒瀬の頬を叩いた音だった。