その男、激情!19

「もしもの事があれば、何だ?」
「組員全員で組長の後を追いますからっ!」
「はあ…大袈裟な」

木村にしてみれば、大袈裟でも何でもなかった。
黒瀬に桐生を継がれると死より怖い日々が待っているかもしれない。

「組長、皆の為にも、完全武装でお願いします」

佐々木が三つのマスクのうち馬のマスクを時枝に差し出した。

「眼鏡の上からでも大丈夫ですから、どうぞ」
「被ればいいんだろう…被れば。被りますよ」

街中をこれで闊歩(かっぽ)するわけではない。
事務所へ行くだけだ。
と、半ば自棄クソで時枝が折れた。
お手伝いします、と木村が手を貸した。
あっという間に、スーツ姿の姿勢の良い馬が出来上がった。
凛とした馬の姿が木村の笑いを誘った。

「笑うヤツがあるかっ! お前も早く被れ」

時枝が咎めるより先に、佐々木が木村を叱った。
佐々木が木村にセーラーバルーンの葵ちゃんのマスクを渡す。

「…ブタの方が…」

人気美少女アニメキャラのマスクはさすがに恥ずかしかった。

「早くしろ」

木村のリクエストは無視され、佐々木がブタを被り始めた。

「これで万全です。組長参りましょう」

ブタと美少女が馬を誘導して歩く姿に、本宅内にいた他の組員は、皆呆気にとられ固まっていた。

 

***

 

その朝橋爪は、準備万全で桐生組事務所の前のビルにいた。
屋上の端に陣取り、装弾済みライフルの銃口を上にし、縁に立てかけていた。
仕事が済めばその足で空港に向うつもりで、ホテルはチェックアウトしてある。
胸の内ポケットにはパスポートとオープン航空券が収められていた。

「昼の便には、間に合うか」

八時前。
黒いスーツの男が、一人、また一人、と事務所内に入って行く。
企業でも暴力団でも、上の人間が一番という所は少ない。
最後に現われるのが、ターゲット『時枝勝貴』と思って間違いあるまい。
ターゲットの到着を静かに待つ。
不思議と今日は現われる気がしていた。
だから、何の焦りも苛立ちもない。
来るのを待てばいいだけだ。
橋爪は煙草を咥え、一服しながらその時を待った。

九時前。
事務所前に停まった一台の車。

「ベンツじゃないのか」

三ナンバーではあるが、外車ではなかった。
日本車だが、善良な一般市民の車ではないことは、一目瞭然。
スモーク貼りで中の様子が見えない。
ウィンドウも、銃弾除けの特殊ガラスに取り替えられているだろう。

「日本のヤクザは燃費重視なのか、それとも、この組がケチなのか」

嫌みったらしく呟きながら、煙草を足元に投げ捨て、火を消した。

「さあ、生のお顔を拝ませてもらおうとするか」

持っていた写真をグシャグシャッと丸めズボンの後ろポケットにしまうと、ライフルを構え、照準合わせでスコープを覗いた。