その男、激情!18

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「佐々木、頭、大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです」
「防弾チョッキだけで十分だ」
「組長、往生際が悪い。馬さんかブタさんかそれともこのセーラーバルーンの葵ちゃんか、早く決めて下さいっ!」

法事も終わり、久しぶりに事務所へ向おうという時枝の前に、佐々木が立ち塞がっている。
横には木村という若手ナンバーツーもいる。
木村の手には時枝用の防弾チョッキが、佐々木の手には、ヤクザの出勤に全く関係なさそうなゴム製のフルフェイス型のマスクが数種類、握られている。

「いい加減にして下さい。コントでもさせる気ですか? それとも強盗にでも入れと?」
「ボンからも、警護を頼まれておりますし、頼まれるまでもなく、不穏な動きがある以上、用心に越したことはありません」
「はあ。佐々木、その用心がこのマスクにどう関係しているのか、一分間で説明しなさい」

朝っぱらから変な物を真剣に押し付ける佐々木に、時枝は苛立っていた。
確かに浦安からも不穏な話は聞かされていたし、実際、何やら動きがあるのも事実らしいが、だからといって、朝から変なマスクを被らないとならない理由が分からない。
しかも、コントの道具にしか思えない物を手にした佐々木が真剣な表情だから、始末に負えない。

「…三分でもイイですか?」

恐る恐る訊いてくる佐々木に、更に苛立ちが募る。
時間の問題じゃないだろ、とド突きたくなるのを我慢した。

「ええ。出来るだけ手短に」
「組長のお命を守る為です。心臓は防弾チョッキで守ることが出来ます。手足は出血多量じゃない限り、打たれたり刺されたりしたぐらいでは命に係わる事はありません。しかし、頭は別です」

まさか、このゴムのマスクで脳味噌が保護出来るとでも思っているんじゃないだろうな、と時枝が眼鏡越しに冷ややかな視線を佐々木に投げつけた。

「ゴムで弾がはじけるとでも?」
「そんなわけないでしょう」

そこまでバカではなかったらしい、とある意味ホッとした。
桐生の若頭が小学生以下の知能では困る。

「被ることで、焦点がずれる可能性がある。特にこの馬なんて、最高です。この頭部の長さ。どこまで組長の頭が入っているのか分からない」
「―――本気でそう思っている…のですか?」

やはり…小学生以下だったか、と時枝が落胆した。
肩の高さから、プロのスナイパーなら頭部の高さぐらい見当がつくだろう。

「それに、一番の利点は」

少しはまともな理由があるのか?

「こんなマスクを被るような人間が、組のトップとは、誰も思わないでしょう。万が一、組長とばれることも考慮して、同行するアッシと木村も被りますので」

聞かされてなかったのか、木村の顔が一瞬歪む。

「三人で被れば、誰が誰だか分からないでしょうし身長差もマスクの高低で誤魔化せますので、完璧です。な、木村もそう思うだろ」
「え、あ、いや…はい、若頭の仰有る通りです」

もっと他のお守り方があるんじゃないのか、と木村は思ったが、佐々木が怖くて言えなかった。
それにこのマスク着用に異議を唱え、組長にもしもの事があったら自分の責任問題になるかもしれない。

「マスクを着用した変人が桐生の組長とは思わないと思います」
「…木村…私を笑い者にしたいのか?」
「滅相もございません! ただ、組長のお命は何が何でもお守りしなければ、と思っておりますっ。時枝組長にもしもの事があれば…」

次に組長になるのは、黒瀬かもしれない。
それだけは避けたいと、木村だけでなく、桐生組一同思っている。
佐々木を除いては。
過去に一度だけ、先代の勇一の代に黒瀬が組長代理を務めた事があった。
その時の極度の緊張を強いられた日々が、皆トラウマとなって残っていた。