その男、激情!17

「社長、何を企んでいるんですか? 佐々木さんは?」
「さあ」
「大森相手に悪さしようと言う気じゃ、ないでしょうね?」
「悪さ? 猿相手に何をするって言うの、時枝。ふふ、潤、そろそろ帰ろう」
「黒瀬、ホントにダイダイ連れて帰る気? 佐々木さんの許可、とってあるのか?」
「問題ない。手を振って見送ってくれたから」

そんなはずはない、と時枝も潤が顔を見合わせたが、それ以上の追求をしなかった。
しても無駄だと二人とも知っているからだ。

「時枝、車を一台回して。猿の棺桶車で来たので足がない」

この場に佐々木がいれば、佐々木が手配することだが、いないので組長直々に手配した。
桐生の中で時枝に命令を下すような人間はいないが、黒瀬は正確には組以外の人間であり元上司だ。
秘書の時の習慣で、黒瀬には当然のように従ってしまう。

「だから、このいかにもヤクザ仕様車、止めてほしいんだけど? 今時スモーク貼りのベンツって…」

本宅の正門。
運転手付で用意された車が、黒瀬には気に入らないらしい。
大喜を後部座席ではなくトランクに押し込みながら、見送りに出た時枝に文句を言っている。

「一般人には見えない社長が乗車されるのですから、これで十分です。それとも、軽自動車でも用意しますか?」
「時枝は、私を殺したいらしい。やたら悪目立ちする車を用意したり、オモチャの車を用意すると言ったり、命が幾つあっても足りないじゃない」
「黒瀬、命狙われているの?」

潤が、黒瀬の言葉に反応した。

「ふふ、大丈夫。私は死神から嫌われているって、知ってるだろ? もしも、の話しだから。むしろ、ヤバイのは、この男じゃない?」

後部座席に乗り込みながら、黒瀬が時枝を指さす。

「私も嫌われていますのでご心配なく。死にかけても、狙われても死ぬのは私じゃないようですので」
「ふふ、それって、庇って撃たれた兄さんへの嫌味? じゃあ、今度代わりに撃たれるのは誰だろうね。佐々木? 佐々木死なせたら、猿から一生恨まれるよ」
「バカな事言ってないで、サッサとお帰り下さい。トランクの大森が酸欠になる前に」

時枝が後部ドアを閉めた。
運転席に座る者に、早く出せ、と時枝が目配せをする。
黒瀬と潤、それに大喜を乗せた車は発車した。

 

***

 

深夜、橋爪はホテルのベッドで地図を広げていた。
その横には、アメリカ製のアサルトライフルが一挺。
クロセの本社ビルからホテルに戻る途中、ファイアーの息の掛かった台湾料理店で受けとった、橋爪の大事な仕事道具だ。
地図の上に、赤いペンで付けた印が三箇所。
桐生組の事務所、クロセの本社ビル、そして、ターゲット時枝勝貴が住む桐生の本宅。
引き籠もりヤロウもそろそろ出てくるだろう、と地図上の本宅と桐生の事務所迄の道筋をボールペンでなぞる。
無駄に一週間も過ごしてしまった。
明日には仕事を片付け、その足で台湾に戻りたい。
移動は車に違いない。
乗車するときか降車時が狙い目だと、ボールペンを事務所の場所で止めた。