その男、激情!16

「ダイダイ、ボンになんてことを!」

目を潤ませ感動していた佐々木が、慌てた。
慌てすぎて、ダイダイの無礼に上乗せするように、佐々木はいつもの失言を犯してしまった。

「二人揃ってあの世に逝ってもらいたい。味見以前の問題だ。味が不安だって言うことは、潤のレシピを信用してなかったということじゃない? 潤が気の毒だ」
「そういうわけじゃないけどさ。舌の肥えた黒瀬さんに味見してもらえれば、胸張ってオッサンに出せるだろ?」

慌てている佐々木の横で、大喜は悪びれた様子もない。

「あっそ。そんなに佐々木に美味しいもの食わせたいなら、本当の嫁になれるよう、潤の下で修行でもすればいい」

黒瀬がソファから立上がる。

「ちょっと、この猿、借りていく」
「え?」

首根っこを掴まれ、後方に大喜が引き摺られる。

「ボッ、武史さまっ! お待ち下さいっ!」

佐々木が黒瀬の前に回り、両手を広げ阻止した。

「邪魔。退いて」
「退きませんっ! ダイダイから手を離して下さいっ!」
「退け、」

低い声で言われた。
一瞬にして、空気が凍るのを大喜も佐々木も感じた。
佐々木が焦る。
ヤバイ、このままだと大喜が連れ去られる。
だが、黒瀬のこの冷気に逆らえば、二人ともあの世逝きかもしれない。
なら、大喜の命だけでも助けてもらわねば、とかなり大袈裟な思考が巡る。

「ゴリラの百面相に興味はない」

佐々木の焦りが眼球の動きに現われていた。
両手を広げた佐々木の肩を、黒瀬の空いた方の手がド突く。
バランスを崩した佐々木の横を黒瀬が大喜を連れて通る。

『ここに置いておくのは危険』

通り際、黒瀬が佐々木の耳元で囁いた。

「は?」

体勢を戻した佐々木は、黒瀬を追わなかった。
ゴリラと常々黒瀬に卑称される佐々木だが、決して頭の回転が遅いわけではない。
腕力だけで若頭になれるほど、ヤクザの世界も甘くない。
黒瀬達の前では、駄目な男の代名詞みたいな佐々木だが、組の中では威厳もあれば力もある。
そう簡単に下っ端が話し掛けられるような、気やすい存在ではなかった。
黒瀬がお仕置き目的で大喜を連れ出したわけではないと分かると、「さすがボンだ…ありがてぇ」と、黒瀬と大喜が出てった玄関ドアに向って、仏様に参るみたいに手を合せた。
佐々木が考えていた以上に、事は重大且つ危険だということなんだろう。
本宅だからと言って、安全ではないということだ。
組員なら訓練も受けているが、大喜は素人だ。
何かあれば、真っ先に命を落とす。
他の素人さんにもしばらく暇を出せねば、と佐々木は家政婦数名と庭師に連絡を取った。
それから何も持たずに出て行った大喜の為に、大喜の着替え等、必需品の荷造りを始めた。

「潤、お待たせ」
「黒瀬…それ、」

ユウイチと遊んでいた潤が、黒瀬の肩にある物体を指さした。

「潤の元で花嫁修業がしたいって。しばらくうちで預かることになった」

途中「オッサン、オッサン」と煩い大喜を、黒瀬が失神させ担いで来たのだ。