「何か用かよ」
黒瀬の顔を見るなり、大喜のぶっきらぼうな一言。
佐々木が戻ってきたと出迎えに行けば、立っていたのは黒瀬だった。
「ダイダイ、失礼だろ。お茶を頼む」
黒瀬の後ろに立っていた佐々木が、慌てて、黒瀬から大喜を遠ざけようとする。
「お猿の裸踊りでも、久しぶりに見ようかなと思ってね。暇だろ?」
「暇じゃねぇよ。第一、久しぶりも何も、裸踊りなんて見せたことねえじゃないかよ。オッサンの前でいい加減なこと言うなよ。オッサン、俺は、そんなことしてねぇからな」
「…信用しているから、大丈夫だ」
という佐々木の顔は真っ赤だった。
大喜のストリップでも想像したのだろう。
「あ…もう、だらしね~な。鼻血が…」
黒瀬がいるというのに、大喜は佐々木の首に手を回し抱きつくと、ペロペロと佐々木の鼻から垂れている赤い筋を舐めだした。
「ふ~ん、客にお茶も出さずに、猿とゴリラは交尾でも始めるつもり?」
黒瀬の言葉に、佐々木が慌てて大喜を突き放した。
「ダイダイッ、お茶っ!」
ハイハイ、と大喜が台所へ消え、佐々木は黒瀬をリビングに通した。
黒瀬をソファに座らせると、佐々木は床に正座した。
「で、一体、ダイダイにどんなご用が?」
「佐々木、あれ、本気にしてたんだ。ダイダイに用などないよ。口実。時枝抜きで、佐々木と話したかっただけ」
「アッシとですか?」
「あるんだろ、話が。幽霊話にはもっと何か。続きを聞かせろ」
「…その、たいした事では…ないんですが…、」
「だが、時枝の耳には入れたくなかった。違う?」
「…ええ、まあ。そんな感じです」
「どんな感じでもいいから、サッサと話して」
「…声、声に驚いたんだそうです。…組長の…、あ、時枝組長ではなくて、先代の声がして…、それで驚いて声の主を見たら、金八さんみたいな髪型にサングラスを掛けた不気味な人間が座っていたと」
「それ、どこ?」
「事務所の前の喫茶店らしいです」
「ふ~ん、なるほどね。それで、幽霊か」
「別人です。アキバ系だと表現した若いヤツもいますんで。あの先代のはずがない」
「そうだね。声紋を分析すればわかるが、あの兄さんのロン毛、有りえないだろ。ふふ、まだ時枝の女装の方があり得るかも」
「えっ!? 組長にそんな趣味がっ!?」
佐々木が大声を上げる。
うるさいと、黒瀬が耳を塞いだ。
「それぐらい、有りえないという話し。でも、そのロン毛の幽霊には気を付けた方がいい。特に時枝の警護はしっかりしておいて。出掛ける時は、防弾チョッキでも着けさせた方がいいと思う」
「それって、金八が組長を? アキバ系が桐生のトップの命を狙ってると仰有るんですか?」
「さあね。ふふ、用心に越したことはないだろ? 時枝には長生きしてもらわないと、組長の座が回ってきそうだし、そうなると潤との時間が減ってしまうからね」
「…あのぅ、もしかしてボンは、」
ギッと黒瀬が佐々木を睨んだ。
「猿を苛めてこようか? お茶も遅いし」
「申し訳ございませんっ!」
佐々木が床に頭を付ける勢いで謝罪した。
「もしかして、武史さまは、その男の正体をご存じ…」
と佐々木が言い掛けた所で、大喜がお茶と運んで来た。