その男、激情!13

「やはりね」
「比喩はともかく、もっと具体的に訊かせて下さい」

そして、潤だけが

「金八さんって、あのドラマの? 幽霊?」

と、訳がわからない様子だ。

「具体的って…言われましても…、アッシが耳にしたのは、それだけですので…」

返答に困り、佐々木が黒瀬を見た。
時枝に聞かせたくない内容があるからだ。
勘のいい黒瀬がそれに気付く。

「つまり、変な輩が出没しているってことだろ。何かが起こる前触れじゃない?」
「黒瀬、縁起でもないこと言うなよ」

潤が、顔をしかめた。
勇一がいないことを除けば、ここしばらくは平穏な日々が続いていた。

「幽霊話が出るところからみて、誰かの怨念かもしれないよ」
「誰かさんじゃあるまいし、そうそう怨まれる覚えはありません」
「ヤクザのトップが何を言っているのやら。桐生の組長と言うだけで、黙って座っていても怨まれる対象じゃない。やはり、時枝、おバカになってきてない? ユウイチおいで」

時枝が、ムッとしているのを無視して、黒瀬が餌を食べ終わったばかりのユウイチを呼ぶ。

「お利口なユウイチの鼻はちゃんと働いているよね。血の匂いを身に纏った誰かが、時枝に近づいて来たら、ちゃんと教えてあげるんだよ? それが人間じゃなくても。いい?」

黒瀬がユウイチを抱き上げ、ユウイチの鼻先を自分の鼻に付け、諭すように語った。
黒瀬との距離の近さに、ユウイチはかなり緊張していた。
決して自分が上位になり得ない相手だと、ユウイチは黒瀬を認識している。

「返事は?」
「……ワンッ」

思い出したように、ユウイチが返事をした。

「ところで、佐々木、お猿は猿山?」

ユウイチの返事で、黒瀬の中で不審者の話は終わったらしい。

「ダイダイですか? 家の方でパソコンを弄っていると思いますが」
「そう、ちょっと猿と遊んで来るか。迎えに来てもらった礼を言うの忘れていたし」
「礼? ボンッ、ダイダイが、何か粗相を!?」
「ボン? 粗相は、佐々木じゃない? この組の者に、学習能力を期待する方がバカなのか? 佐々木を教育するより、猿を人間に進化させる方が早い気がする」
「ボ、…武史さま…そんなぁ。ダイダイは十分人間ですので…」
「まあいい。猿と遊んで来る。潤も来る?」

潤には黒瀬が別の意図で、この場を離れようとしていることが分った。
そうでなければ、最初から潤も同行することが前提のはずだ。
『潤も』と、言われた段階で、同席をして欲しくないのだと理解した。

「ユウイチと時枝さんと遊んでいるからいい。時枝さんと久しぶりにゆっくり話したいし」
「時枝、潤に私の悪口を吹き込むなよ」
「悪口? 吹き込むなら、それは全て事実です」

黒瀬がユウイチを潤に手渡すと、立ち上がり歩き出した。

「佐々木、行くよ」

当然のように黒瀬が佐々木を同行させる。
やはりね、と潤は思った。
時枝のいないところで、佐々木と話をしたいのだ。 
大喜は口実に過ぎない。
時枝もそれには気付いているだろうが、素知らぬ顔をしている。
潤はユウイチとじゃれながら、仕事の相談を時枝にしたり惚気話をしながら、黒瀬が戻ってくるのを待った。