その男、激情!12

「お待たせしました」

佐々木がユウイチの餌を持って戻ってきた。

「ゆっくり食べておいで」

佐々木が座卓の横に餌皿を置くと、時枝がユウイチを腕から解放した。
余程お腹が空いていたのだろう、物凄い勢いで餌にユウイチが飛び付いた。

「佐々木さんも、どうぞ。お疲れでしょう」

潤が佐々木にもお茶を煎れた。

「潤さま、駄目ですよ。茶ぐらい自分で…、」
「本当だよ、佐々木。私の潤にお茶を煎れさせるなんて、百年早いよ」

と、黒瀬が佐々木を冷ややかに睨む。

「細かいことはいいじゃない。もう煎れたんだし、どうぞ」

潤が黒瀬に笑顔を見せる。
すると、黒瀬の目が穏やかになる。
それから萎縮してしまった佐々木に茶を出すところは、さすが潤だ。
黒瀬の扱いには慣れている。

「潤の心の広さには、感服するよ。猿からゴリラ、眼鏡を掛けた神経質な山羊にまで愛情深く接することが出来る。さすが、私の潤だ」
「社長、その眼鏡を掛けた山羊って、まさか、」
「時枝に決ってるだろ」

自分をゴリラと評された佐々木が、溜まらず口に含んだお茶を噴きだした。
潤もケラケラと笑い出す。

「私は草食獣ですか? まあ、いいでしょう。こういう職業で、そういう風に見えることは逆に褒め言葉ですから」

時枝なりの嫌味を飛ばし、時枝もまたお茶を啜った。

「そういえば、その草食獣の周辺で肉食獣の匂いがするけど。佐々木、ここ最近、何か変わった事は?」
「どうして、佐々木に訊くんですか? 私に尋ねればいいでしょ」
「時枝に訊いても意味が無い。亡霊の三回忌の為に、取り憑かれたように本宅へ籠っていた男に訊いてもしょうがない。違う?」
「違いませんが、取り憑かれていた訳ではありません。業者と寺との打ち合わせを事務所でなくこちらでしていたものですから、結果外に出られなかっただけです」
「別にその辺はどうでもいいことだけど。籠っていたことは事実じゃない。気のせいか、組長になってから、どうも時枝がおバカになっていく気がする。潤を苛めていた頃が懐かしいね」

ギッと眼鏡越しに時枝が黒瀬を睨む。

「苛めてはいません。教育的指導です」
「物は言いよう、だね。だけど時枝、今、話題にしたいのは、別の事なんだけど。時枝、やはりおバカになっているんじゃない?」

時枝の歯軋りが聞こえてきそうだった。

「佐々木、変わった事が? 私は聞いていませんが?」

先程浦安から訊いた台湾の事がある。
それに黒瀬の鼻は確かだ。
黒瀬に引っ掛かる事があるなら、何かが動いている証拠だ。

「…いえ、特には。…変わった事は…、ん? アレか?――いや、あれは…、変ったと言えば、変っているような…だが…」
「何を一人でブツブツ言ってるんですか。判断はこちらでしますから、些細な事でも報告して下さい」
「時枝の言うとおりだ。ゴリラの脳味噌に判断は期待してないから。何かあったんじゃない?」
「…不気味な金八さんが…とか、幽霊が…とか、変な噂が…チラホラ」

きっと笑われると佐々木は思った。
二人が訊きたいのはこんな噂話じゃないはずだと。 
だから『変』ではあるが、言いたくなかった。
しかし、佐々木の予想に反して、意外にも二人は真剣な顔で食いついてきた。