その男、激情!11

「お待たせしました」

三人と一匹が、黒瀬の待つ座敷へ着いた。
法事が行なわれた仏間とは、別の部屋だ。
先代組長桐生勇一の寝室になっていた部屋に隣接している、身内が集う部屋である。

「遅かったね。浦安に誑かされて、ホテルでも行ってるのかと思ったよ」
「行くはずないでしょ。私だって好みというものがありますから」
「ふ~~ん、好みね~」

黒瀬が意味深な視線を時枝に送る。

「潤、悪戯されなかった?」
「大丈夫。時枝さんには俺よりユウイチじゃない?」
「相変わらず、ユウイチとは仲いいんだ、時枝」
「ええ、もちろん。どっかのアホみたいに、いなくなったりはしませんし、可愛いですよ」

時枝が潤の腕からユウイチを取り戻す。
黒瀬、潤、佐々木の前で、時枝がユウイチの口に自分の唇をチュッと重ねた。

「佐々木、悪いがユウイチの餌をここに」

はい、と佐々木が部屋を出て行き、時枝が組長に就任してから用意した黒檀の座卓を、三人で囲む。
ユウイチを抱えた時枝が、黒瀬の前に座し、気を利かせた潤が茶の用意をする。
組の者がいないからなのか、上座には当然のように黒瀬が座っている。
黒瀬の秘書としての年月が長いので、時枝にも黒瀬にも、それは自然な事だった。
尤も、組長として時枝が場に居るときは、兄の勇一が組長だった頃のように黒瀬が下座に回る。

「美味しい。煎れるのが上手くなりましたね。秘書として、満点でしょう」

時枝が潤の煎れたお茶を一口飲むと、潤を褒めた。

「ありがとうございます」

元上司兼教育係に褒められ、潤は嬉しかった。
一緒に働いているときは、叱られる回数の方が多かったから、余計だろう。

「本当に美味しいよ、潤。もう三回忌とはね~。ふふ、1年遅れだけどめね。兄さんも草葉の陰で泣いてたりして」
「何で泣くの?」
「そりゃ、時枝が見境なく遊んでいるからじゃない?」

黒瀬が、意味ありげに時枝を見る。

「時枝さん、そうなんだ。ちょっとショック」

時枝にとって、先代組長の勇一が一番であって欲しいと潤は思っている。

「何ですか、社長。アレが草葉の陰にいるかどうかも分からないのに。尤も草葉の陰にいてもいなくても、あのアホも散々やっていると思いますよ」
「ふふ、時枝、まだ兄さんの生存を期待しているんだ。健気だね」

ズズズと、黒瀬が茶を啜る。

「意地悪だな、黒瀬は。俺だって組長さん、あ、元組長さん、どこかで生きてると思っているのに」
「三回忌法要を終えた男の生存を信じている二人に、感動を覚えるよ」
「信じてはいませんよ。その可能性もゼロじゃないと思っているだけです。あの世ならあの世で化けてでも出てくる気概があるかと思えば…、全くあのアホは。私のことで泣いてくれているようなら、まだ可愛げもありますけど。ユウイチ、心配するな。同じ名前でもお前は可愛いぞ」

時枝の腕の中から、ク~ンと主を見上げるユウイチの頭を時枝が撫でる。
ユウイチが誰よりも時枝の心の機微を感じ取らしい。
時枝の強がりの中に紛れる本音と、主を想うユウイチの姿に、潤の涙腺が緩む。
誰よりも黒瀬を溺愛している潤には、時枝がどれほど勇一を愛していたか分かる。
打ち拉がれた時枝が、出口の見えない底なし沼で苦しんでいた三年前を見ているだけに、時枝の強がりが胸に刺さる。
が、涙は流さない。
今更時枝に同情するのは、失礼だろう。