その男、激情!8

「一時はどうなるかと思ったが、桐生の結束は益々固くなって、いい組になったな」

桐生組が籍を置く、関東清流会のドン浦安が見送りに出た時枝に挨拶がてらに言う。

「ありがとうございます。桐生の血が私には流れていませんので、桐生のDNAを引き継ぐつもりでやっているだけです。佐々木以下組員がよくやってくれますので」
「他の組から見たら、内部揉めもなく組は大きくなるばかり。羨ましいだろうよ。三年前の事もある。気を付けろ、時枝。桐生を失うのはうちとしても、多いに困る」

そりゃ、困るだろう。
桐生が清流会に納めている上納金は、勇一の時の倍の額になっている。
クロセで社長秘書をしていた時枝だが、実際は陰の副社長、実質ナンバーツーにいた男だ。
時枝の手腕で、桐生は一端の企業並の収益を上げる組に成長していた。

「ご心配ありがとうございます。もし、私に何かありましたら、次はアレが引き継ぐ事になるでしょう。そんな危険な賭に出るヤツは、大バカ者だと思いますが」
「はは、そりゃそうだ。アレに戻られたら、厄介だ。だがな、時枝」
「はい」

二人は玄関の土間を出て、表門までの距離を並んで歩き出した。

「台湾が最近妙な動きをしている。国内の組はアレの恐ろしさを知っているが、海外となるとな。桐生というより、清流会そのものを関東から排除したいのかもしれん。となると、一番に狙われるのは、」
「うちでしょうね。肝に銘じます」

浦安が、足を止め空を見上げる。

「冬晴れのいい天気だな」

時枝もつられ、上を向く。

「やっこサン、天から桐生を眺めているか、どこかで風の噂を聞いているか…」
「組長、それはもう言わない約束です」
「そうだった。スマン。こんな良い男に時枝がなってるっていうのに、幽霊でもなんでもいいから出て来やがれ、っていうんだ。寂しかったら、いつでも相手してやるぞ、時枝」

ふざけているのか、本気なのか。
時ある事に浦安は時枝をからかう。

「そうですね。そのうち、囲碁か将棋でも、お手合わせ願いたい所です」

時枝に上手く躱されたが、悪い気はしないのか、浦安は笑っていた。

「ははは、そう来たか。まあ、いい。時枝、遊べよ。この世界、遊んでなんぼの所がある。男でも女でも好きなだけ侍らせろ」

浦安に限らず、時枝と先代勇一の仲は、知れ渡っていた。
勇一が組長だった頃、桐生内で公表したのが、外にも伝わっていた。
浦安は、時枝が勇一に操を立て、年相応な遊びもしていないと、思っていた。
人を寄せ付けない雰囲気が、浦安にそう思い込ませていた。

「はい。幸せな事に、遊ぶ相手には困っていません。ですが、まだまだ御大(おんたい)の域には達していませんので、見習わせて頂きます」
「時枝は、逃げるのも上手いのぅ」

時枝は真実を言ったまでだが、浦安に時枝の言葉は、ただのその場しのぎにしか聞こえなかった。

「逃げる? まだまだこの世界では、若輩ものですので、逃げる足も持ち合わせていません。ひたすら前に進むだけです」
「そうだったな。桐生の前進を楽しみにしているぞ。だが、台湾には、」
「はい、気を付けます。今日は、本当にありがとうございました」

正門を出たところで、時枝が深く頭を下げる。
清流会の車が走り去るまではと時枝が深々と頭を下げ続けていると、キャンキャンと犬の鳴声が聞こえてきた。