その男、激情!6

「コーヒー、お代わり」

再度、店員に注文し、橋爪は煙草を咥えた。
納得いかないのか、人相の悪い連中がガヤガヤと煩い。
すると、代表格がまた声を張りあげた。

「お前ら、しっかりしろ。今の組長は時枝組長だろっ! 先代はもうあの世なんだ。明後日の三回忌の準備で、組長がお忙しい時に、幽霊見たみたいな顔をするなっ! 勇一組長は、こんなヘンなヤツじゃなかったっ!」

ヘン、とまで言われ、無視を決め込んでいた橋爪が煙草を灰皿に置くと、声の主を睨み付けた。
言葉で抗議はしなかったが、人を殺める事で身に付いた冷たいオーラは、サングラス越しでも十分相手を威圧したらしい。

「あ、――…すみません。お騒がせして」

橋爪の方を見て、頭を下げた。
自分が発した失礼な言葉には気付いてないのか、そのことに対する謝罪はなかった。

『木村さん、なんかあいつ、ヤバいですよっ』

声の主は木村という名前らしい。

『俺も、ビビッたぁ。元組長代理ぐらい、なんかヤバイ』

横にいる者と、ヒソヒソ話し始めた。

『黒瀬のボンと同じぐらいおっかないよな』
『…やはり、時枝組長で良かったよ』

黒瀬?
聞いたことがある名だ。
橋爪が手帳を取りだし確認した。
黒瀬武史。
株式会社クロセの取締役社長。
李が消したいと考えている、もう一人の日本人だ。 
写真はないが、名前だけは聞いている。
チンピラ連中の話で、黒瀬という男に興味を持った。
人を殺してきた自分と同等の雰囲気を持っているらしい。
ターゲットの時枝以上に、影響力があるようだ。
本来ダーゲットの情報は必要最小限と決めている。 
黒瀬は今回のターゲットではないので、周囲を嗅ぎ回っても問題ない。
ターゲットの時枝が法事やら何やらで表に出てこないなら、ちょっくら黒瀬の顔でも拝んでやろう。
橋爪は、黒瀬武史の確認に行くことにした。
喫茶店を出てホテルに戻ると、フロント横にあるコインPCで『黒瀬武史』を検索した。
株式会社クロセの若き取締役として、簡単にヒットした。
自社のHPには、社長挨拶として、黒瀬のコメントと写真が掲載されていた。
画像の黒瀬は、企業のトップというよりはホストかモデルのような印象だ。 
ロックバンドの人間かと、突っ込みを入れたくなるウエーブがかった長髪に、着ているスーツは普通社長は着ないだろうと思われる白だ。
何かの式典らしく、壇上に立って話をしている姿だ。 
端には今回のターゲットの時枝勝貴の姿も映っていた。
時枝は、元々クロセの社員か?
いや待てよ、桐生の組のやつらが黒瀬の名を口にしたってことは、黒瀬が元々桐生の関係者だってことか?
社歴に目を通す。
当たり前だが、桐生の名はない。
それどころか、やけにクリーンなイメージだ。
起業当初の小さな会社が、徐々に成長し、資本金が年々増加しているが、そこに怪しげな数字は出てこない。
取引銀行も、大手ばかりだ。
公表されている財務情報も株式情報もいたってまとも。
全てがまともで、順調すぎる。
しかし、このまともさが、逆にクロセがまともじゃないことを物語っている。
景気に左右されず、年々順調に成長を遂げる企業なんて、まずありえない。
どんな優良企業でも、決算の数字が赤字に転じることはあるし、赤字にならないにしても前年比を下回ることはある。
それがクロセにはない。
どちらにしても、黒瀬が裏社会と深く繋がっていることは間違いない。