「俺も時枝さん、ちゃんとしていると思う。黒瀬は時枝さんに厳しすぎるよ」
社長を黒瀬と潤が呼び捨てにするのは、もう社長と秘書としての時間は終わったからだ。
株式会社クロセ、取締役社長、黒瀬武史(くろせたけし)。
潤と姓が同じなのは、戸籍上、潤が黒瀬の養子になっているからである。
実はこの二人、養子といっても、親子としてではなく夫婦として暮していた。
「そう? 組長としては、まだまだ甘いと思うけど。冷酷さに欠ける」
「黒瀬さん基準にしたら、誰もそうだよ」
「ダイダイ、黒瀬は優しい男だ。失礼なこと言うな」
「失礼? 事実の間違いだろ」
そんなわけあるか、と潤が大喜を睨んだ。
「潤、動物相手にムキになる必要はない。お猿に何を言われても、私は平気だから。潤さえ理解してくれれば、それでいい」
「…黒瀬」
潤の目に、ハートマークが浮かぶのを感じ取った大喜が、
「ストーップ!」
二人の間に割り込んだ。
「イチャイチャは、後回しにしてくれよ」
「何もしてないだろっ」
潤が、ふて腐れたように言う。
「猿のくせに、一々癪に障るヤツだ」
黒瀬も苦々しく言う。
「するつもりだったくせに。ほら、一階に着いた。早く行こうぜ」
エレベーターが止まり、ドアが開く。
「車、こっちだから」
足早に歩く大喜の後ろを黒瀬と潤がついていく。
国産のスポーツカーがクロセの本社ビル裏の道路に寄せられていた。
大喜の車だ。
「早く乗ってくれよ」
潤が、後部座席のドアを黒瀬の為に開けているが、黒瀬が乗り込もうとしない。
早く発車したい大喜が、運転席から黒瀬を促す。
「棺桶みたいな狭さだ。こんな狭い所に私を押し込める気?」
「しょうがないだろ。スポーツカーなんだから。早く出ないと、時間もヤバイし、お巡りもヤバイって」
「黒瀬、狭い方が、密着できるぞ?」
黒瀬の扱いは、大喜より潤だ。
「ふふ、そうだね。なら、我慢しよう」
乗る気になった黒瀬が腰を屈め、乗り込もうとし、急に止まった。
「黒瀬?」
黒瀬が首だけ回し、視線を後方のビルの屋上へ向けた。
「…何でもない。行こうか」
一瞬、黒瀬の顔が嶮しくなるのを潤は見逃さなかった。
二人が後部座席に乗り込むと、大喜の運転するスポーツカーは目的地に向って発車した。
(続けると切りが悪くなるので、今の回は短めです)