その男、激情!3

「…ぁあ、こんなイヤらしい秘書を持って、私は幸せだよ」

当の秘書は、既に返事が出来る状態ではなかった。 
口いっぱいに社長の一部を頬張り、出来る限りの仕事をしていた。

「…あ、いいよ、…有能な秘書に育って…、社長冥利に尽きるね…ふぅ、前任者以上に、有能だよ」

そんなことはない。
前任者が恐ろしく切れる男で、副社長以上の力を持ち、この淫らな行為に耽(ふけ)る男の片腕だったことは、誰もが知っている。
だが、この淫らな行為をしてやれるのは自分だけだと、この秘書は誇らしげに思っていることも事実。
前任者と並びたい、前任者を抜きたい、と常々思っているこの秘書は、この行為限定でも社長から『前任者以上』と褒められると嬉しかった。

「…あぁ、気持ち良いよ。ふふ、この秘書は、私を早漏にしたいのかな…、」
「早漏でも遅漏でもいいから、とにかくサッさと終わらせてくれない?」

社長と秘書の耽美な時間を遮る第三者の声。
一人の青年が、呆れ顔で、秘書課からの入口になっているドアの前に立っていた。

「勝手に入ってきて、邪魔するとは…殺すよ?」

ギッと社長が睨み付けたが、青年は怯むことがなかった。

「俺を殺す前に、時間厳守で頼むよ。駐車スペースなくて、駐禁の道路に車止めて来たんだから」
「しょうがない猿だ。…秘書さん、イかせておくれ」

了解とばかりに、秘書の動きが速くなる。
普通なら嘔吐く(えずく)であろう、喉の奥まで使ってピストン運動を施し、性器のような口内を作り上げる。
舌がある分、性器以上の快感を与えるその技巧は、その辺の風俗嬢を越えていた。
横に広がった外国人張りの社長のソレを、咳き込まず口淫出来るのは、この秘書の努力の賜物なのだ。

「場所も考えず、年中盛っているあんた達の方が、よっぽどサルじゃん。終わったのか?」

フィニッシュを迎えたと思われる社長室の主とその秘書に、青年が腕時計を見ながら確認をする。

「ダイダイ、口を慎め。社長に失礼だ」

机の下に隠れていた、秘書が姿を見せる。
ダイダイとは、青年の事だ。
本名大森(おおもり)大喜(だいき)。
姓と名に「大」が付くので、親しい間柄ではダイダイと呼ばれている。
この二人、プライベートでは親しい仲だ。

「失礼って、失礼な事しているの潤さん達じゃん。口のまわりテカテカしているから、拭いた方がいい。用意はできているのか? 数珠(じゆず)は?」

潤というのは秘書の事だ。
本名、黒瀬(くろせ)潤(じゅん)。
だが、訳あって仕事上は、市ノ瀬潤を名乗っている。

「全て万端だ。あとはここの戸締まりをして、出るだけだ。社長、行きましょうか?」
「ああ。全く法事を平日に執り行う方が、どうかしている。優秀な秘書が優秀な組長になるとは、限らないってことだね」

コートを羽織りながら社長が嫌味を飛ばす。
組長、というのは、隣組の組長でもなければ、幼稚園の組長でもない。
指定暴力団関東清流会傘下の桐生組トップのことだ。

「時枝のオヤジ、立派な組長だと思うぞ? なんか、前の組長より怖いし。組の中、ピンと張り詰めた空気が漂ってる」

時枝のオヤジとは、潤の前任者で、今は桐生組組長をしている時枝勝貴(ときえだかつき)を指す。
クロセを辞めた後、ヤクザの組長に就任していることは、社内では知られていない。
三人は社長室を出ると、人目に付かぬよう運搬用のエレベーターに乗り込んだ。