秘書の嫁入り 夢(31)

「ヤクザが祝言をチャペルって、変だ。な、オッサン」
「こらっ、ダイダイ、口を噤め。ロマンティックで良いじゃないか」
「だってさぁ、時枝のオヤジはいいとして、組長って、ザ・日本っていう顔立ちじゃん。それにあのセンス」

光る素材のグレーのスーツの大森大喜が、いつもの黒のスーツの佐々木に囁きながら、前方を指さした。
今二人は、荒れ狂う冬の日本海に面した岸壁に建つ、小さなチャペルの中にいた。
大喜の指の先には、白いスーツの時枝に、羽織袴の勇一が並んでいた。
時枝の横には、介添え役の潤がいる。

「しかも、これ、なんちゃってチャペルだろ。よくまあ、映画のセットなんて借りられたよな~。やっぱり、芸能界とヤクザって繋がってるんだ」

そう、このチャペルはセットなのだ。
ヤクザのコネではなく、株式会社クロセの繋がりで、撮影を終了し壊す前のセットを借りたのだ。
あの快楽の宴から、実はまだ三日しか経っていない。
同じ週の週末なのだ。
そんな急にチャペルなど借りられるわけがない。
もちろん、神社も無理だ。
所謂、結婚式場も無理だった。
急じゃなくても、勇一の職業柄、断られるのは目に見えているし、なんといっても、男同士の結婚式をすんなりOKしてくれる所など、三日で探せるわけがない。
時枝は籍だけで、式などなくていいと言ったのだが、勇一と佐々木が、これを許さなかった。
記念にもなるし、生涯の愛の契約をきちんとした形でした方がいいと、勇一と佐々木に迫られた。
佐々木に至っては、涙ながらに、時枝の桐生への嫁入り姿を見たいと言いだした。
花嫁ドレスまで用意すると言い出したので、それだけはのめないと断ったのだ。
組への披露は後日することにして、式だけを急いだのは、勇一がもうこれ以上待てないと言いだしたからだ。
また、何かあるかも知れない。
時枝を拉致した奴らを捕えたわけでもない。
潤と黒瀬じゃないが、いつ何があってもおかしくない世界に二人ともいる。
だったら、一秒でも長く一緒にいたいという勇一の想いに、時枝も賛同した。
そこで、黒瀬がクロセが出資している映画会社のセットを利用することを提案し、今日の運びとなったのだ。

「建物なんか、関係ないだろ。大切なのは、あの二人の気持ちと祝福する俺達の気持ちだ。ダイダイは、あの二人を祝う気はないのか?」
「あるに決ってるだろ。じゃなかったら、こんな所まで来るかよ… さすが、セットだけあって、寒いな…クッ、ション」

セット内、暖房器具がなかった。

「シッ、!」

後ろを振り向いた潤に、そこの二人、静かにしろと口元で指を立てられた。

「静粛に~、ふふ、今から桐生組、組長桐生勇一と、株式会社クロセの口うるさい名物秘書で、可愛い私の妻の上司でもある、時枝勝貴の結婚式を執り行います」
「真面目にやれ、真面目に」
「やだな、兄さん、いたって真面目ですよ。ね、潤」
「黒瀬…凄くカッコイイ」

神妙な顔付き、イヤ、緊張のためか、眼鏡の奥でいつもより鋭い眼光を光らせる時枝と、時枝とは対照的に、嬉しくて溜まらないとにやけた勇一の前に、黒い神父服にロザリオを掛けた黒瀬が立っていた。
手には、聖書らしき物も持っている。
大喜が「アレ、どうみてもコスプレだろ、」と今度は注意されないよう、佐々木に耳打ちをした。

「あんなフワフワウェーブのロン毛神父なんて、見たことないぞ…いいのか? 式なんだろ? ちゃんとしたの、呼んで来た方がいいと俺は思うけど…」

囁いたつもりだったが、潤が振り返り、大喜を睨んだ。

「ダイダイ、言いたいことは分るが……大人しくしてろ」
「…わかった…」

それこそ、俳優の一人でも借りてくれば良かったのに、と大喜は思ったが、それ以上何も言わなかった。

「病めるときも、健やかなときも、なんてことは今更なので、省略します。大事な確認だけ、しときますよ。兄さん、ちょっとしたことで、インポテンツにならないと、誓って下さい」
「・・・」

一瞬、そこにいた全員が固まった。