秘書の嫁入り 夢(26)

「ふふ、凄く盛り上がっているし。時枝、サードバージン喪失って所じゃない?」
「なにそれ? 三回目ってこと?」
「そう。一回目は、文字通り、初めての時で、二回目は、福岡へ逃げた時、そして、今」
「それを言うなら、組長さんもじゃない?」

組長勇一が、時枝に掘られる様が、潤の脳裏に焼き付いていた。

「そうだね。兄さんは二回目だけど。一回目の方が面白かった。意外と兄さんビビリだし」
「それは、今日でもわかった。『優しくしろっ』て悲壮な声だったし。…でも良かった」

やっと元の鞘に収まったと、潤は素直に嬉しかった。
潤にとって、黒瀬はもちろんだが、上司でもある時枝も、義理の兄弟の関係の勇一も家族だった。
時枝が欠けても嫌だし、勇一が欠けるのも嫌だった。
今、潤と黒瀬がこうして二人でいられるのも、二人を結びつけた時枝と、黒瀬と潤の心が壊れそうになったとき非情な方法ではあったが助けてくれた勇一のおかげなのだ。

「潤…」

目の縁を赤くする潤の手に、黒瀬が自分の手を重ねた。

「はは、ごめん…何泣いてるんだろ…俺」
「やはり、潤を泣かせたあの二人には、お仕置きしないといけないね」
「ええっ、駄目だよ…俺、哀しい訳じゃないし…嬉しいんだよ?」
「じゃあ、嬉しさのお裾分けを、ユウイチにも、ね」
「黒瀬には、敵わないや」

ちょっと、失礼するよ。と黒瀬が潤の手の甲に口付けをし、席を立つ。
ユウイチが出ないようにと閉めていたダイニングのドアを開けてやる。
キャンキャンと、吠えながらユウイチが主を助けねば跳んでいく。
その後ろを黒瀬が付いていき、客間のドアも静かに開けた。
タイミングがいいのか悪いのか…
まさに時枝と勇一は絶頂を迎えた時だった。
お互いの名前を口にし、時枝と勇一が同時に爆ぜたその時、ユウイチが吠えながら客間に入ってきた。
黒瀬はというと、その後の状況を潤と楽しもうと、ユウイチが客間に入ったのを見届けるとドアを閉め、ダイニングに足早に戻った。

「何だっ、このクソ犬っ!」

突然の闖入者に、勇一が敵意剥き出しだ。

「ユウイチだ。クソ犬じゃない」

時枝の血の匂いと精液の匂いのかぎ取ったのか、ユウイチが凄い剣幕で勇一に対して吠える
勇一が時枝を酷い目に遭わせているとしか、ユウイチには思えないようだ。

「ウ~~~~~~ッ」

ピョンとベッドの上に飛び乗ると、勇一を威嚇し始めた。 
今にも飛びかかりそうな勢いだ。

「勇一、分っていると思うが…ユウイチを苛めると許さないからな」
「今、愛を確かめあった俺様より、このクソ犬の方が大事だとか言うなよ、勝貴」
「どっちが大事だとか言う問題じゃないだろ? 小動物を苛めるようなヤツが俺の伴侶とは、あまりに情けない」

どけ、と時枝が自分の中に収まったままの勇一を突き飛ばした。

「ユウイチ、吠えてないで、こっちへ来なさい」

子犬のユウイチが、勝ち誇ったような目を勇一に向けると、時枝の方へ跳んで行く。

「大丈夫だから。ユウイチ、お前の名前は、あいつから取ったんだ。仲良くしろよ。人間の勇一もだ」
「勝貴~、そりゃないだろ?」
「出来ないっていうのか? そんな度量の狭い男だったのか、お前ってヤツは」

そう時枝に言われてしまえば、腹の中で考えていることは別にして、可愛がるフリぐらいはしないとまずかろうと、勇一がユウイチの頭に手を伸ばす。

「噛みつきやがったっ! コノヤローッ、人が下手に出れば、ふざけやがって。ぶっ殺して、剥製にするぞっ!」

時枝がユウイチを自分の汗ばんだ胸に載せ、勇一から守るように抱き締めた。

「勇一、降りろ。ベッドから降りて、『待て』でもしてろ。お前みたいな心の狭いヤツと一緒に寝るのはゴメンだ。反省するまで床からユウイチの健気で可愛い姿でも、眺めてろ」

皮膚の攣る足を振り上げ、時枝は勇一を蹴飛ばしベッドから落とした。

「なんだよ、さっさきまで嬉しい…って泣いてたくせによ…ご主人さまを蔑ろにするって…どういう了見だよ…」

ブツブツブツと、勇一が客間のカーペットを毟りながら文句を垂れた。

「なんか、言ったか?」

時枝が、感極まり涙を流しながら勇一と睦み合ったのはつい先程のことだ。
以前のように自分の前で君臨する時枝を、勇一は好ましく思いながら、そのキッカケが子犬のユウイチだということが気に入らない。
どうも、自分の地位の方が、ユウイチより低い気がする。

「ユウイチ、舐めていいぞ」

時枝のその言葉に勇一が、まさか、と顔を上げた。