秘書の嫁入り 夢(11)

「味はどうだ?」
「…美味い」
「なら、しけた面するなよ。もっと美味しそうに食えよ」
「…すまない」
「謝らなくていいから。味噌汁、お代わりは?」
「…胸が苦しくて…美味しいが、もう…」
「そうか。また落ち着いたら、腹も減るさ。風呂も湧かしてあるから、浴びてくれば?」

余程、大喜に後ろめたいのか、佐々木は終始視線を反らしたままだった。
これじゃあ、自分の方が息が詰まると、大喜は佐々木を風呂場へ押しやった。

「さっぱりしたか? 寝室で待ってろよ。ゆっくりじっくり、話を聞いてやるからさ」

風呂からあがった佐々木を二階に追いやると、大喜はヤレヤレと冷えた缶ビールを二缶持ち、自分も二階へ上がった。
大喜が寝室へ入ると、佐々木がすっかり項垂(うなだ)れベッドに腰掛けていた。

「朝からビールも悪くないだろ。素面(しらふ)だとオッサン話せそうもないから、ほら」

佐々木に一缶手渡し、その横に座る。

「オッサン、話せ。聞いてやるから。嘘は付くなよ。正直に話してくれれば、多分、許せると思うから」
「…多分…か…」
「細かいことは気にせず、話してみろ。あ~、朝のビールもウメ~」
「…ダイダイ、未成年だろ……」
「四捨五入すれば、二十歳だ。問題ない」

いつもなら、そんな言い訳通用するかと怒鳴られる所だが、今日の佐々木は違った。
自分に後ろめたいことがあると、人間、他人を叱れないらしい。
ヤケになっているのか、佐々木はプルトップを開けると、一気に缶の中身を流し込んだ。

「一気飲みかよ、オッサン」
「…はあ…、酔えない…。ダイダイ…大喜、俺は…」

佐々木が立ち上がったと思えば、大喜の足元にまた土下座をした。

「浮気をしちまった。許せっ! この通りだっ!」

髪の毛が抜けるんじゃないのか、というぐらい佐々木が頭を床にグリグリ押し付けている。

「浮気って、どうせ風俗だろ。ソープか?」
「組長がっ、組長がっ…俺は嫌だと拒否したんだっ! 本当だっ! ダイダイがいるのにって」
「いいって。そこは必死にならなくても。オッサンが自らソープに入ることは、天と地がひっくり返ってもないっていうか、無理だって分かってるから」

佐々木を宥めながら、『クソ組長めっ!』と内心では、勇一に毒づいていた。
大喜が腰をあげ、土下座中の佐々木の横に座る。

「オッサン、顔をあげろよ。ほら、」

肩に手を掛け、引っ張り起そうとするが、佐々木の頭は上がらない。

「自分じゃイヤだったんだろ? だったら土下座まですることない。必要以上に謝罪されると、もしかして、って、思うだろ。楽しんだのか?」
「違うっ!」
「じゃあ、顔あげろよ。俺、オッサンの顔みたい。朝まで一人だったし…寂しかったんだぞ?」

大喜の言葉に押されて、やっと佐々木の頭が床から離れた。
大喜が佐々木の顔を両手で挟み、自分と正面を向かせる。

「男前が台無しだ」

大喜が佐々木の唇に軽くキスを落とす。

「キスはさせてないんだろ?」
「あ、当たり前だっ! …だが……」

佐々木の視線が大喜から反れる。

「挿れちゃった、ってとこか? オッサンの真珠、風俗の姉ちゃんにパクリやられたのか」
「…ぅぐッ……」
「泣くなっ! 責めてるんじゃねえよっ。事実確認しているだけだ。どうせ、組長が逃げられなくしたんだろ。メガネのオヤジに出て行かれて、頭おかしくなったんじゃねえか? オッサンを巻き込んで、自分がバカしたかっただけだろ」
「…組長、ショックが多すぎて…」
「庇うなっ。オッサンの性格知ってて、俺がいることも知ってて、ソープに連れて行たんだ。あの男、今度会ったら殴ってやるっ!」

大喜が怒りを露わに言い放った。
佐々木がソープランドへ行ったことも、風俗嬢と一戦交えてしまったことも、大喜にはさほど気になるようなことではなかった。
むしろ、大喜だけというのは、極道に身を置く男してどうよ、と思う節もある。
許せないのは、怒りを感じるのは、佐々木がそういう場所に自ら納得して行ったのではないということだ。
愛を重んじる純情男が、どれだけ傷付いたことだろう、と傷付けた男、勇一に対してメラメラと怒りが湧き上がってくる。