秘書の嫁入り 夢(1)

「お帰りなさいっ!」
「うわっ、組長だっ! お早うございますっ!」
「組長ぅうううっ、俺ら、組長がぁあああああ!」

桐生の五代目を襲名してから、組員に取り囲まれ、涙されたことがあっただろうか?

 

時枝に去られ、勇一は、心にぽっかりと穴が空いたような状態で、事務所に顔を出した。
本宅から一緒だった佐々木が「きっと皆、大喜びですよ」と言っていたが、実際はそのレベルを越えていた。
久しぶりの事務所。
自分の落ち込みなど下の者に見せる訳にもいかないと、大きく深呼吸をしてからドアを開けた。

「…」

勇一の顔に一斉に視線が集まった。
そして、

「組長ぉぉおおおおおっ!」

一同に叫ばれ、思わずドアを閉めてしまった。
車を駐車場に回した佐々木が上がってくると、入りましょう、と勇一を中へ通した。
入った途端、佐々木を押し退け、勇一の周りに若手の組員一同が取り囲み、熱烈歓迎を受けたのだ。
何が凄いかといえば、皆、涙している。
そこまで復帰を喜ばれるとは思わなかった勇一は、呆気にとられ、皆に言葉を掛けてやることも忘れていた。

「こらっ、てめぇら、組長が困ってらっしゃるのが、わからねぇのか? 組長が好きなら、困らせるんじゃねえ」
「…若頭、だって、俺たちゃ、心の底から嬉しいんですっ!よ~く、分かりましたっ! 組長の厳しさが愛だってこと…それに比べ…」
「佐々木、俺の不在中、何かあったのか?」

やっと勇一が口を開いた。
明らかにこの度を超えた歓迎ぶりは、何かがあったせいだろう。

「…あったというか…何というか…。こいつら、初めて『怯える』ということを学んだというか…。仕事の厳しさというか、抗争中でもなくても、緊張を強いられる仕事があるんだということを学んだと言いましょうか…、完璧で完全以外は認めないという代理の元で、命を掛けて仕事をしていましたので……」
「なるほど。武史か。あいつは自分の所の社員には甘いが、こと極道者になると容赦無いからな。特にうちの者には…」

一人一人の顔を見ると、精神的にかなり辛かったのか、皆、ゲッソリとしている。
決して勇一が甘い組長だと言うわけではない。
組の代表としては、年が若い方なので、舐められないよう、厳格な態度で臨んでいる。

「組長っ! 俺ら頑張りますっ! 組長が不在の時でも他の組に舐められないようします! シマも守りますっ、ですから、組長~~~」

囲んでいた組員達が、若頭の佐々木を押し退け、勇一に抱きつく。

「おい、お前ら…」
「あの代理だけは…金輪際……、武史さまが…あんなに…酷い…あ、イヤ、…厳しい方とは存じませんでしたっ!」

佐々木のように年数の長い人間なら黒瀬のことをよく知っているが、年数の短い連中は、黒瀬の華やかな姿に惑わされ、黒瀬の本質を知らない。
そこまで深く接する機会がなかったのだ。

「もう、二度と、あの代理に預けないで下さいっ! 組長~~~~っ!」

組は組でも、此処はヒヨコ組だったのか? 園児の集団じゃないか、と勇一と佐々木は顔を見合わせた。

「分かったから、離れろっ! 鼻水が付くだろうがっ! あ~、ウザッ、佐々木、どうにかしろ」
「てめ~ら、いい加減にしないと、代理にお越し頂くぞっ!」

ひぇえええっ、と蜘蛛の子を散らすように勇一から皆が離れた。

「ここまで、怯えさせるとは…一体武史のヤツ……」
「組長、ボン、仕事はちゃんとして下さいましたので…あの…礼はちゃんとして下さい……それと、お陰で、うちの結束は固くなったようです…」
「色々と、済まなかったな。今日からは俺が顔を出すから、安心して、仕事に励んでくれ」
「はいっ!」

俺の第一は何なんだろう。
勝貴をあんな目に遭わせた責任も敵も今だとらず、勝貴の身体を愛してもやれず、勝貴に逃げられ…組なんてどうでもいいと思っていたが、やはり、組は捨てられない…。
酷い男だと思うし、エゴだと思うが、勝貴も組も大事だ。
勝貴の為に身を引いてやることも俺にはできそうもない。
このまま、俺の元に帰ってこないことがあったら、俺はストーカーになってしまいそうだ…それにしても…こいつら、アホだ。
こいつらの単純なアホさに、今は救われるな。

「組長、大丈夫ですか?」

時枝が出ていき、気落ちしていた勇一を佐々木は心配していた。

「ああ、大丈夫だ。佐々木、今晩ちょっと付き合え」
「はい、どちらへ」
「ちょっとな」
「かしこまりました」

行き先を聞かず、付き合うと返事したことに、後で佐々木は後悔することになるのだが。

「さあ、まずは俺のいない間の各組の動きから聞こうか?」

勇一は、久しぶりに組長の自分に戻った。