「あの写真、兄さんいい顔してたよね。時枝もだけど…。どうせなら、写真じゃなくて、生で鑑賞したいかも」
「初めてじゃないの? 時枝さんが攻めるのって?」
「あれ、言わなかった? 素敵な写真があるんだよ。どうしても私に見せたかったみたいで、二人がいつもの逆で楽しんでいる最中の写真がね。写真撮って私に送り付けてくるなんて、時枝も兄さんも変態だよね」
「社長っ!」
それは違うでしょ。
あなたが、要求したことでしょう。
と、言えなくて時枝が黒瀬を睨んだ。
潤を傷付けた代償として、させられたことは内緒なのだ。
時枝が大きな声を出すものだから、子犬のユウイチが驚いて鳴き始めた。
ブルッとした時枝の手を尽かさず潤が手を重ねる。
「潤ったら、また浮気してる」
「俺と時枝さんなんて、絶対ない。だって、この人俺相手に勃たないもん」
「そんなこと、わかんないだろ? 潤は可愛いんだから」
「イギリスでも押さえつけてただけで、勃たなかったし、福岡でも…あっ」
時枝の甲の上の潤の手が、自分の口元へ移動した。
ヤバッ、と慌てて口を覆った所で、黒瀬の目も耳も見逃すはずがなかった。
「福岡? 潤、どういうこと? 時枝と何かあったの?」
「あ…いや…、大した事は…ないと…思うぞ。ねぇ、時枝さんっ!」
「ええ、勇一が潤さまにしたことと比べれば…アレはただの人助けでしたまでのこと」
時枝の横に座っていた黒瀬が立ち上がり、子犬の入ったゲージを抱え戻って来た。
「隠してたってことは、やましいことがあるんじゃないの? 時枝、どういうことか話してもらおうか」
ゲージをこともあろうか、時枝の膝の上に置いた。
「ヒィイイッ! 社長ッ、」
「黒瀬っ!」
潤が慌ててゲージを抱え上げた。
「もう、ホント、大したことないんだって。むしろ助けてもらったの。後でそのことは俺がゆっくり説明するから…気に入らないなら、その時、俺にお仕置きすればいいだろ?」
含みを持った言い方で、上目使いで潤が黒瀬に言う。
それを理由に、今夜は激しくやろうね、と誘っているのだ。
潤もかなり黒瀬の扱いが上手くなってきた。
「ふふふ、そう。後で潤が、説明してくれるの。楽しみにしておこう。じゃあ、本題に戻して、兄さんの中っていいの? あの兄さんもよがるの? 写真じゃ声までは分からなかったから…」
「あ、いいこと思いついたっ!」
急に潤が大声を上げた。
またユウイチが驚き、キャンキャン吠える。
「シッ! ユウイチ。潤の邪魔しない」
途端鳴き止む。
さすが黒瀬である。
「ほら、俺達のマンションに組長さん呼んで、あの時の逆って言うのはどう? 内線をオンにして」
「…潤さま? あの、あの時と言うのは、もしかして……」
「訊くまでもないだろう? 私の秘書はソコまで鈍いの? もちろん、時枝が兄さんと結ばれた記念すべき第一夜の時だよ、ね、潤」
答えたのは潤ではなく黒瀬だった。
「うん、それでね、組長さんが時枝さんを拒むようなことがあれば、俺と黒瀬で乗り込むの。拒まず『ザ・合体』ってなったら……」
勢いがあった潤の言葉が先細り、頬がほんのり赤くなる。
「なったら、そりゃ、私達を楽しませてもらわなければね。なれない組の仕事は押し付けられ、迷惑極まりないんだから、お楽しみはちゃんと頂かないとね。ふふ、さすが私の潤。素敵なアイディアだ」
「な、何を…勝手な…」
「勝手? 勝手なのは時枝と兄さんだろ? 勝手に空港からいなくなって中国出張をすっぽかすは、勝手に組の仕事放り出すは…時枝、上司の俺に報告無しに、第三者の指示に従ったアホは誰? これだけ俺と一緒に色々やってきて、簡単な罠に引っ掛かったくせに」
今まで誰も時枝を責めなかった。
勇一にいたっては、お前は悪くないの一点張りだ。
やはり、ここに戻ってきて正解だったかもしれない。
全くこの男は、イヤになるぐらい気遣いも遠慮もない、と自分をアホ呼ばわりする上司が今は有り難い。
「兄さんは、組長失格の腑抜けぶり発揮だし、父親と同じ仕事するの嫌だって知ってて、組の仕事するように仕向けるのって虐め? しかも、出来の悪い組員ばかりで…片っ端から殺したくなるのを、どれだけの忍耐で抑えているか…つくづくうちの社員の優秀さが身に染みたよ」
そうだった。
この男は桐生を憎んでいる。
黒瀬を苦しめた父親と同じ仕事を引き受けるはずがないのだ。
今回この男に負担を掛けてしまったことは事実だ。
「…分かりました。確かに勝手をしました。秘書失格です。勇一のことはお任せしますから、いいように取りはからって下さい。…私が…勇一を……ですか…」
はあ、どうなることやらと深い溜息が洩れる。
「じゃあ兄さんの前に、こっちの『ユウイチ』の世話、よろしくね。仕事の件は後でメールしておくよ」
潤、行こう、と黒瀬が潤を誘い、『ユウイチ』を残して一つ上の自分達の部屋へ戻っていった。
秘書の嫁入り ~犬~ 了
★秘書の嫁入り ~夢~ へ続く