秘書の嫁入り 夢(2)

「…組長…、まさか…」
「ツベコベ言わず、ついてこい」
「…アッシは…その、事務所で待ってますから」
「お前も一緒に遊ぶんだ」
「…一緒にって…、別々でもいいじゃありませんか。アッシは別のコにしますんで…」
「とかいって、お前のことだ。廊下で俺が終わるのを待ってるだけだろうが。大丈夫、支配人には連絡済みだ。指名はルミにしておいたから、二人一緒でも問題ない」
「……組長…、落ち込んでいるからって、浮気はいけません。浮気は……」

付き合えと言うので、気分転換に一杯やるのかと思えば、勇一が向った先は意外な店だった。
桐生経営の「ソープ・不夜城」だ。
質の良い女の子が揃っており、時枝と深い関係になる前は、時枝を誘って足を運んでいたという、ソープランドだ。 
中でもルミは不夜城でナンバーワンの指名率を誇るソープ嬢で、勇一の馴染みだ。

「風俗で遊ぶのが浮気になるのか? 最近の奥様方でも、そんな堅いこというのは少ないぞ」
「多い少ないの問題じゃないでしょっ! 時枝さんというお方が有りながら、他の人間と情交を交わすというのは、浮気ですっ!」

佐々木が止めるのも聞かず、VIPルームへと勇一の足は一直線だ。

「なら、浮気でいいや。うるせ~な。本命がいるから、浮気って言うんだろう。本気じゃないなら、問題ない。とにかく、付き合えっ!」
「無理ですっ! アッシに浮気は出来ませんっ!」

佐々木が勇一の腕を掴み、勇一の歩みを阻止しようとするが、逆に手首を掴まれ、腕をねじ上げられた。

「テメェのガキに、操を立てるのは立派だが、組の代表に逆らうってことは、それ相応の覚悟が出来てるんだろうな、佐々木?」

勇一の凄みを、久しぶりに佐々木は見た。

「…逆ギレ?」
「何か、言ったか? あ?」
「…くっ、いえっ…、何も…」

更に捻られ、四十過ぎの男の顔が苦痛に歪む。

「真珠を嵌め込んだ男が、女々しいこと言ってるんじゃねえ~。お前の真珠は、一穴主義か?」

当たり前じゃないですかっ! と、声に出さず、佐々木は反論した。

「一穴が大事なら、大事なソコを満足させるよう、人知れず学習っていうのも、男には大事なんじゃねえのか?」

浮気の口実を無理矢理与えてるだけでしょう、組長っ!
ハイとは言わない佐々木に、勇一が、目で「否定することは許さん」と脅しをかける。

「組長さ~~ん、なに大騒ぎしてるの? 早く入んなよ~。佐々木さん、久しぶり~~~。やっとあたしと遊ぶ気になったの? 嬉しいっ!」

薄いピンクのバスローブに身を包んだルミが、VIPルームから顔を出した。
佐々木を確認にすると、ぴょんぴょんとウサギのように跳ねてきて、勇一に手首を取られ身動きができない佐々木に飛びついた。

「良い男が、そんな顔してたら台無し」

苦痛に歪む佐々木の顔を両手で挟むと、チュッと佐々木の唇にキスをした。

「おい、ルミ、順番が違うんじゃねえのか? 俺より、佐々木が先か?」
「いじめっ子は、後回し! さあ、中へ入ろうよ」

ルミが佐々木の手首から、勇一の手を剥がす。
キスをされ呆然と立ち竦む佐々木をルミが引っ張り、勇一より先に部屋へ連れ込む。

「組長さんも、早く~」

勇一も部屋へ入ると、佐々木がペタンと床に座り込み、ブツブツと何かを呟いていた。

「佐々木、うるせ~ぞ。さっさと脱げっ!」
「…そんなこと言っても…組長っ、俺は…アア…どうしよう…浮気しちまった…」
「キスの一つや二つ、お前だって経験済みだろうが。気になるなら、気にならないようにしてやる」

何を考えたのか、いや、何も考えてなかったのか、それとも、少しおかしくなったのか、勇一が座り込んでいる佐々木の前に腰を降ろすと、佐々木の顎を掴み、自分の唇を佐々木の唇に重ねた。

「ん!!!!」
「いやぁん、組長さ~~ん」

これには、佐々木だけじゃなく、ルミまで驚き目を見開いた。

「これで問題解決だ」

一人勇一だけが納得し、さあ、一戦交えるぞと、ルミの手を引きガラス張りの浴室へ向う。

「お前もさっさと準備しろ」

佐々木に、一言だけ残して。
もう、佐々木の心は、この場を離れていた。

「…ブンブンブン…蜂が飛ぶ…」

所謂(いわゆる)現実逃避というやつだ。
そんな佐々木のことなどお構いなしに、勇一は素っ裸になると、ルミに身体を洗わせていた。