秘書の嫁入り 犬(35)

「…どうして、ユウイチっていう名前を」
「時枝さんが好きそうな名前を考えてたらそれしか思い浮かばなかったんです。叱るにしても、楽しいかなって」
「叱る?」
「そうだよ。時枝が今日から飼うんだから」

黒瀬も時枝の横に座る。
潤と二人で時枝を挟む形になる。

「私が…ですか?」
「私も潤も仕事あるし…一番暇なの時枝だろ? 第一、これ、私と潤からのお見舞いだから。大事に育ててね。縫いぐるみより、本物の方がやはり可愛いし」
「…私に世話が出来ると?」
「子犬一匹の世話が出来ないなんて、言わないよね? 言ってもさせるけど。時枝好みのユウイチに育てれば? 添い寝しても可愛いと思うけど? バター犬になったりしてね」
「…社長…、あなたって、とことん、そういう人ですよね……さすがです」

犬に犯された自分に向って、犬と寝ろとは、勇一だったら絶対に言わない。

「時枝さん、人間だってひどい人いるし、俺だって酷い目にあったけど、だからって人間全員が悪人じゃないだろ? 犬だってそうだよ。…ごめん…多分次元が違うこと言っているんだと思うけど……」
「いえいえ、乗り越えなければならない出来事だと私も思っております。だから、ここに戻ってきたのです」
「ふ~~ん、じゃあ、乗り越えてもらおう。それで、相談って何?」

電話で時枝は相談したいことがあると言っていた。

「俺、席外した方がいい?」

潤が気を利かせた。

「いえ、構いません。そろそろ、出来る範囲で仕事をしたいのです。例えば、裏のやり取りはマンションの事務所から出来ますし…、そっちの仕事だけでもいいので、少しずつ復帰したいと思いまして」
「な~んだ、仕事の話か。てっきり兄さんの根性のない下半身の話かと思った」
「はい? 社長…?」
「黒瀬、どういうこと?」

ふふふ、と黒瀬が笑みを洩らす。

「昨日、潤が兄さんに、どうして抱いてやらないって、迫ってたけど…」
「バカッ、時枝さんの前でばらすなよ…」

潤の頬が赤く染まる。

「今日、時枝が本宅を出た。しかも、兄さんのさっきの態度。俺から女々しいと言われた時の顔。久しぶりに楽しめるものを見ましたよ。昨日今日の、兄さんの態度と時枝の行動を足して三ぐらいで割ると、答えが出るんだよ、潤。分かる?」
「全然分からない。三で割ることの意味さえ分からない」

潤の頬から朱が引いていき、代わりに時枝の顔が段々と赤くなる。

「潤、三は適当に言っただけだから。別に四でも五でもいいんだけどね」
「ますます分からない!」
「つまり、そこから読み取れる答えは一つ。兄さんの下半身は、お辞儀しているんだよ。時枝にね」
「・・・お辞儀?」
「社長ッ!」

潤はまだ意味が分からなかった。
時枝のさっきまでの恐怖が、今度は羞恥に取って代わったようだ。

「ふふ、分からない潤が素敵。ハッキリ言ってあげよう、兄さんはね…」
「社長――ッ!」

黒瀬の言葉に時枝の大きな声が重なった。

「なに、時枝。自宅に戻った途端、えらく元気じゃない? 勇一~~~って、姿が見えないだけで泣きそうな顔をしていた人間とは思えない」
「あなたが、馬鹿なことを言おうとするからでしょっ!」
「馬鹿なことじゃないだろ? ああ、昨日の潤の啖呵を時枝にも見せてあげたかった。兄さん相手にどれだけ勇敢で、格好良かったか。惚れ直したよ。『あんたが弱くしてるんじゃないのか? 同情だけで側にいて、あんた、何もしてないじゃないかっ! あんな表情させるあんたはな、最低だっ!』と、ほんの一部抜粋。兄さん、言われっぱなしで。でも、反論できなかったんだよね、兄さん。なぜなら…」

続きの言葉を遮るように、時枝が黒瀬の口元に掌を近付けた。

「私が言いましょう。勇一は、私にはもう、欲情しないんですよ。愛情がないとは思いませんが、種類が違う。可哀想にという気持ちが強いのか、私に起ったことを消化できないのか、それとも無数の男や人間外のモノにいたぶられた私が穢らわしいのか……実際、拒否を最初にしたのは私の方なのですが。私限定で、萎えるようです」

何かを諦めた人間の表情で、時枝が寂しく語った。

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沢山のオーエンありがとう! バター犬ってなんだ? オッサン知ってるかな??? 次が気になる人はオーエンよろしく、な。by ダイダイ