秘書の嫁入り 犬(30)

彼奴ら…揃いも揃って…、一体何だって言うんだっ……しかし…、

二人かがりでやり込められ、勇一がハッと我に返った時には、誰もいない自室に一人残されていた。
反論しようにも二人は既に本宅を出ていたし、二人が言っていることの方が正しいと、勇一にも分っていた。
同情じゃないっ、だが、俺のしていることは……
潤から聞かされた、時枝の言葉が勇一の頭から離れなかった。

『普通に友人や知人なら、あなたに同情して終わりです。優しい言葉をかけ、あれは事故のようなものだから忘れろっていうだけでしょう』

俺だ。俺がしていることだ…最低だ……
二人の言うとおりだった。
しかし二人に理解出来ないこともあるのだ。
それを知れば、何と非難されるだろう。
いや、あの二人に知られることは、大したことじゃない。
時枝に知られれば、勇一はもっと彼を傷付けると知っている。
時枝の苦悩を広げてしまう勇一の抱えた問題。
それは―――。

勇一が離れに戻ると、時枝は寂しそうに沈んだ顔で窓の外を見ていた。
暗くて外の景色は見えず、ガラスに映っているのは部屋の内部だけだったが、時枝の視線はガラスの向こうを向いていた。

「お帰りなさい。二人は?」

勇一の顔を確認すると、ホッとしたのか、嬉しそうな表情を見せる。

「帰った。一人にして済まない」
「変な勇一だ。子どもじゃないんだ、一人が寂しいはずないだろ」

強がりが痛々しく聞こえる。

「そうか? 俺は寂しかったけど」
「ば~か。それより、武史が俺に持って来た見舞い品、くれよ」
「子どもには早い。もっと大人になってからな」
「…何の冗談だ? 三十四のオッサン捕まえて、子どもはないだろ?」
「一人が寂しい、子どもだろ?」
「寂しいなんて言ってないだろ」
「そうか? 俺には何故か、聞こえてくるんだけど。勇一、寂しい、ずっと一緒に居て~、勇一様~~~って」
「馬鹿が…空耳だ。俺が十分大人だって、お前が一番知っているんじゃないのか?」
「そうだったな。じゃあ、一緒に風呂でも入るか?」
「大人は一人でも入れる。先に入れ、勇一」

時枝の筋力は徐々に戻り、少しの移動であれば自力で出来る。
風呂も、シャワーなら問題なかった。

「そうか、じゃあ、お先に」

ここで、強引に一緒に入ればいいのだろう。
分っていて出来ない自分が勇一は情けなかった。
勇一が湯から上がると、いつもは二組敷かれている布団が、一組になっていた。
代わりに枕が二つ。
黒瀬が犬の縫いぐるみを買ってきたことを知り、時枝も自分から出口を模索していた。
同情じゃなく、勇一に向き合って欲しかった。

「浴びてくる」

布団のことには触れず、時枝は浴室へ消えた。

「…なんだ、起きていたのか」

時枝が部屋へ戻ると、勇一は煙草を手にテレビを見ていた。
小さな画面を覆うように、勇一の背中が時枝を迎えた。
勇一に声を掛けるわけでもなく、時枝は布団に潜る。
勇一が横に来ることを前提で、左半分に身を寄せた。

「―――寝るか」

勇一が煙草を消し、テレビも切ると、照明を落とし、時枝の横に静かに入る。

「…勇一…、」

静かに時枝が勇一の名を呼び、勇一の頭に手を掛けた。 
そっと自分から唇を重ねた。
軽く触れただけの口付けだった。

「おい、勝貴、お前…」
「……嫌か? 俺とキスするのは…、もう無理か?」

恐る恐る、時枝が訊く。

「変なことを訊くな」
「口の中まで、色々挿れられたからな……お前しか知らなかったのに…」

声が潤んでいた。

「思い出すな。考えなくていい…」
「そんなこと、出来るわけない。無かったことには、出来ない……俺はもう、愛される資格もないんだよ…いい、誤魔化さなくても……俺、知ってるから…お前、俺を愛せない……愛してない……勇一、認めてもいいんだよ……」
「なんてこと、言うんだっ! そんなわけあるかっ!」

勇一が、大声を出した。

「耳元で、怒鳴るなよ…。いいんだ。俺は愛されてなくても……こうして、側に置いてもらえてるし……」

弱弱しく、時枝が呟く。

「卑屈なこと、言うなっ! 俺は勝貴を愛しているし、嫁にするって決めたんだっ!」
「過去に縛られることはないんだ。現実を見た方がいい…愛と同情は違う……」
「武史に何か、吹き込まれたのか? そうだろ? 急に変なこと言いだして。あの野郎っ!」

勇一がガバッと身体を起こした。