秘書の嫁入り 犬(17)

互角なのか、見事に、黒瀬の持った日本刀が勇一の振り回す刃を止めていた。

「このままじゃ、埒があきませんね。しょうがない」

黒瀬が左手に刀を持替えると、器用に片手で勇一の刃と応戦を始めた。

「情けない人だ。片手の俺と互角ですか? そんなことで、よく桐生の組長が務まりますね」

勇一を挑発しながら、空いたほうの右手で拳を作る。

「コノヤロ―ッ、」

勇一が黒瀬の頭を狙って日本刀を振り下ろした。
それを黒瀬は左手に握った日本刀で受けると、右手の拳を勇一の腹にめり込ませた。

「ぅぐっ、」

勇一の手から、日本刀が落ちる。
佐々木が潤の側から急いで駆け寄り、拾い上げた。
勇一は、腹が痛いのか、意識はあるものの、呻りながら畳の上に転がった。
その勇一の顔の真横に、黒瀬が手にしていた日本刀をグサッと刺した。

「――ッ」
「兄さん、本当に、いい加減にして下さい。頭にきたのはわかりますが、ここで暴れられても迷惑なだけです」
「…武史」
「怒りをぶつける場所、間違ってるでしょ?」

黒瀬は日本刀に映し出された勇一の顔に、小さな異変を見いだした。

「佐々木、もう大丈夫だから、他の者を引かせて。早く」

黒瀬の命令で、佐々木が皆に下がるように指示を出す。 
組長の気性の激しさや、黒瀬との応戦を目の当たりにした若い衆は、潤同様、驚き声も出ないという感じだったが、佐々木に促され、皆無言で青い顔のまま去って行った。

「皆、もういなくなりましたから、良いですよ、兄さん」

黒瀬が勇一の顔の横に刺した日本刀を抜き放り投げると、勇一の身体を起こした。

「…勝貴がっ、…」

畳の上に滴がポタリと落ちた。
勇一が泣いていた。
泣かない男が涙を零していた。
黒瀬は、組長である勇一の涙を佐々木以外の組員に見せないよう、他の者を去らせたのだった。

「兄さん、内容は聞きません。だいたいの想像はつきます。俺の推測だと、想像以上に酷い内容だったんですね。一つだけ、確認を。時枝は、生きてますよね?」

黒瀬は兄、勇一を宥めながらも、一番大事な確認をする。

「…あれなら、…殺されていた方が……、本人は楽だったかも知れない……」

DVDに映っていた映像は、酷いなんてものじゃなかった。
つり下げられた時枝の身体に群がる黒人、白人。
ぶら下がる身体を下から押し広げられ、交互に、または同時に時枝を突き上げていた。
苦痛に泣き叫ぶ時枝を今度は下に降ろしての陵辱三昧。 
口に突っ込まれ、下も犯され、同時に四人に嬲られるシーンもあった。
それはまだ序の口だった。
次の場面では、檻の中で繋がれた時枝を、大型犬が嬲っていた。
怯え失禁する時枝が余計犬を煽るのか、それとも時枝の身体に雌犬の匂いが塗られていたのか、人間、しかも犬と同じ雄の時枝を犬が襲い掛かっていた。
犬の膨張した凶器が容赦無く時枝の身体を貫いた。
その時の時枝の悲鳴が、勇一の耳から離れない。
まだまだ残忍な場面は続いていたが、それ以上見ることは耐えられず、込み上げる怒りで、勇一は我を忘れてしまったのだ。

「兄さん、怒りますよ」

黒瀬が涙に濡れた勇一の頬を平手で、音が響くほど激しく叩いた。

「ボ、」
「黒瀬、」

叩かれた勇一より、見守っていた佐々木と、兄弟の激しい応戦で腰が抜けていた潤が驚き、同時に声をあげた。

「なんですか、それは。兄さん、時枝が死んだ方が良かったと? それなら、もっと早く俺が始末してあげてましたよ? 色々と小言のうるさい男ですしね。潤だって、入社してから、ずっといびられっぱなしで」

黒瀬、それは、今、話が違うだろ…と潤が心の中だけで窘めた。

「…死んで欲しいわけじゃないっ、そんなこと…、だが、…うっ」
「兄さん、その様子じゃ、DVDを最後まで見てないんじゃ? 時枝の居場所の手掛かりが映っていたんじゃないのですか? それに、向こうの要求とか」

動の激しい怒りが落ち着いたと思えば、今度は情けなく弱さを露見させた勇一に、これが何度も修羅場をくぐり抜けてきた男かと黒瀬を呆れさせていた。

「…最後まで、見れるかっ! あんな、勝貴…、」
「私の潤を、好き勝手嬲った男の発言とは思えませんね。兄さん、あなただって、結構酷い事平気でしてますよ」

それは、ボン、あなたもです…と今度は佐々木が胸の内で突っ込みを入れていた。

「…そんな、次元じゃ,ない…クソッ、勝貴、どうして、勝貴なんだ? あぁああっ」

黒瀬に支えられた勇一が、畳をバンバン叩き、嗚咽をあげ、泣き崩れた。

「兄さん、見るつもりはなかったですが、あなたがこんな状況ではしょうがない。DVD、寝室ですね」
「…だめだっ、見るなっ! あんな姿、誰にも見せられるかァあああっ…」

立ち上がった黒瀬の足に勇一がしがみつき、邪魔をする。