秘書の嫁入り 犬(15)

どこから崩していくべきなのか、四人で、本題に入ろうとしていた矢先、ドタドタドタという足音と、「オッサン、いるか~」という、聞き覚えのある声が近づいてきた。
佐々木が、スミマセン、と頭を掻きながら、部屋を出た。

「こら、大喜、何事だ」

佐々木が面倒をみている大学生、大喜だった。
時枝のことは大喜にも伏せてある。

「なんかさ~、これ、さっき裏門出たところで預かったんだけど。桐生の組長に、直ぐに渡してくれって。大事なもんなんだろ?」

小さな紙の手提げに、DVDが一枚入っていた。

「どんな男だ?」
「サングラス掛けてて、顔、よく見えなかった。手袋嵌めてた」
「俺が、組長に渡すから、お前、早く戻れ」

ちぇ、俺だけ除け者かよ、とブツブツ言いながら、大喜がいなくなる。
時枝のことは知らされてないが、佐々木や黒瀬や潤が一同に勇一の元に集まり、何やら密談をしていることには気付いていた。

「組長、コレが…」

紙の手提げ袋を佐々木が勇一に手渡した。

「DVDか」

「大喜が裏門で組長に直ぐに渡してくれと、知らない男に頼まれたそうです」

勇一がDVDを袋から取り出すと、四人の視線がそれに向う。
一斉に息を呑む。

「…手掛かり?」

口を開いたのは潤だった。

「兄さん、早く目を通した方がいいと思います。興味はありますが、どうぞ兄さんお一人で」

それに時枝が映っているとしたら、決してホームビデオのようなほのぼのとした映像ではないだろう。
その対極にある酷い映像の可能性が高い。
最悪を想定すると、潤には見せられない。
黒瀬は勇一だけが見るべきだと判断した。
「寝室でどうぞ。俺達は軽く食事をしてきますから。一時間後に戻って来ます。佐々木もそれで、いいね?」
「はい、隣の部屋で待機しておりますので、何かあったら声を掛けて下さい」
黒瀬は潤を伴い、一旦本宅を出た。

「…生きてるよね?」
「時枝のこと?」
こぢんまりとした、和室。
軽く食事と言っていた黒瀬だったが、彼の軽くは懐石料理を指すらしい。
趣のある料亭で二人きりの食事。
潤は、DVDのことが気になるのか、あまり箸が進んでいない。

「うん。あれには、生きている時枝さんが映ってるんだよね?」
「余程の変態じゃなければ、死体を映して届けたりはしないよ」

潤にはそう言ったものの、そういうマニアックな連中も多い。
黒瀬は幼児ポルノを好んだり、殺人ポルノを収集する富裕層を数多く知っている。
だが、そんな現実を潤に教えるつもりはなかった。

「大丈夫、DVDが届いたということは、生きている確率高いから。ただ…」
「ただ、何?」

潤が身を乗り出した。

「命はあるとは思うけど、縛っているだけの映像じゃないことだけは確かだと思う。わざわざDVDに収めようというぐらいだから、」
「…時枝さん、俺と違って強いよね? 負けないよね?」

自分の過去の経験のようなことが、時枝の身にも起きているのかもしれない。
いや、もっと悲惨かもしれないと思うと、潤の胸が痛む。
命は助かったとしても、精神が病めば助かったとは言えないだろう。

「大丈夫。私だって死にかけてたけど、潤が助けてくれただろ? ちゃんと、元に戻っただろ? 潤は優しいね、あんな怖い上司の心配して。とにかく、食べなさい。食べないと力も出ないし。潤が食べないと、本宅へは戻れないだろ?」

目の前には上品に盛られた旬の料理が並ぶ。
潤の皿は一向に減らない。
時枝のことが、気になるなら食べなさいと、黒瀬に諭され、無理矢理箸を進めた。

 

 

「組長―――っ! 危ないですっ、誰かっ」

食事を終えた黒瀬と潤が本宅へ戻ると、勇一が日本刀片手に大暴れしていた。

「るっせぇ、そこ、どきやがれっ、」

家具から壷、掛け軸といった室内装飾品、果ては柱、建具まで、勇一が腹いせ紛れに斬りつけていた。
羽毛布団や羽根枕も斬りつけたのか、そこら中に、白いふわふわした羽毛と羽根が舞っていて、雪の中で鬼が暴れているように見える。

「よくもっ、よくもっ、俺の勝貴にっ!」
「ひぃっ、組長ぅ、刀を置いて下さい。お前ら、ぼやぼやしてないで、早く組長をお止めしろっ!」

佐々木が一人じゃ手に負えないと、本宅にいる若い衆を集め、両肌を脱いで暴れ狂う勇一を鎮めようとするが、日本刀を振り回す勇一に近づくことさえできなかった。