秘書の嫁入り 青い鳥(2)

「新人のことでしたら、口出し無用ですから」
「新人って、名前ぐらい呼んでやってくれ。姑根性丸出しで、あそこまでクドクドネチネチいびらなくてもいいだろう? 潤を泣かせてただで済むとは、思ってないよね」
「市ノ瀬さまを特別扱いするわけにはいきません。何度も言わせないでください」
「本当は、黒瀬を名乗らせたいのに」
「当別扱いを拒んでいるのは、市ノ瀬さまです。実力を認めてもらって、他のどの社員、幹部からも有無を言わさずあなたの横に立ちたいんでしょう。健気じゃないですか? だから、そうなれるよう、私が教育しているんです」
「だけど、たかが、ステップラー如きで泣かすことないだろう? 潤が可哀想だ。潤を泣かすのは俺だけのはずなのに…ふふ…」

何かを思い出したように黒瀬から鋭い視線が消え、表情が柔らかくなる。

「社長、顔が緩んでいますよ? 変な想像しませんでしたか? 仕事中です。いい加減、内線をオンにして、秘書室内を盗聴するのを止めてもらえませんか?」
「しょうがないだろ? 意地の悪い秘書に俺の大事な雄花が人質に取られているんだから。本当なら、時枝をいびり倒したい心境だけど、そうすると、また潤が苛められて可哀想だから、今日の所は見逃してあげる」
「さようですか。他にご用件がないようでしたら、失礼させて頂きます」
「ある。潤を昼休みここに寄越してくれ。ちゃんと理由をつけてやってくれ。これ、社長命令だから」
「社長、公私混同は止めて下さいよ」

釘を刺した。

「分かってる。秘書の卵として、雑務を言いつけるだけだから」

絶対嘘だ。

「わかりました。粗相のないように、厳しく言っておきます」
「優しくでいいよ」
「失礼します」

一々、新人を叱る度に呼び出されたんじゃ、やってられるかっ、と内心で毒づきながら、社長室を後にした。
社内では旧姓の市ノ瀬を名乗っている新入社員、黒瀬潤の作業を見ながら、時枝は、いつか俺の仕事が減るときが来るのだろうか? と不安になった。
仕事が減るのが不安なのではなく、このまま減らずに増えるのが不安だった。
プライベートの時間が日に日に減っている。
そうでなくても、あってないような短い時間なのだ。
この目の前の青年と社長の黒瀬が知り合ってから、時枝の仕事は増加の一途を辿っている。
普通の大学生だった潤の人生を変えてしまった責任は感じている。

感じてはいるが…

イギリス行きの飛行機の中で黒瀬に目を付けられたばっかりに、黒瀬に敵対する一派の手により潤はイギリスで大変な目に遭わされた。
黒瀬が助け出したのだが、その黒瀬が更に潤を酷い目に遭わせた。
監禁、強姦、その他モロモロ…、やっとの思いで黒瀬の元から逃げた潤と、故意に逃げさせた黒瀬を、時枝自らキューピットになって結びつけてしまった経緯がある。
その後日本に帰国後も、黒瀬と潤の間には、一言では言い尽くせない過酷な出来事があり、それが二人の絆をより深く強くした。
そして一年前の春、二人は関係者を招待しての結婚式まで挙げたのだ。
日本の法律では同性婚は認められていないので、養子縁組の形で、潤が黒瀬の籍に入った。
そこで、めでたし、めでたし、とならないのが、この二人で、秋に行った新婚旅行でも一騒動あった。
二人にしてみれば、騒動が起こる度に絆が深まるのか、バカップルぶりに拍車が掛かるのみで、結局見守る立場の時枝一人が、事態を終息させるために奔放する羽目になる。
それでも新婚旅行から春までは、この二人にさほど振り回される日も少なかったのだが… 束の間の休息に過ぎなかった。
この春、潤がクロセに黒瀬との関係を伏せ実力で入社試験をパスして入ってきた。
時枝以外、誰も社内で潤と黒瀬の関係を知るものはいない。
秘書課への新入社員は、毎年時枝が新人研修の成績で選んでいる。
だから、潤にも最初から、実力で自分に認められるよう頑張れと伝えていた。
正直、一年目は無理かもしれないと思っていた。
最初は他の課に回され、後々、引き抜くしかないなと思っていたのだが、時枝の予想を裏切り人事部から秘書課へどうかと打診がくるぐらい文句なしの研修結果を修めた。
潤は本気で、黒瀬の横に並びたいのだ。
今時枝がいる位置に立ちたいのだ。
それを黒瀬が望んでいるわけではないのだが、潤は黒瀬の片腕になりたいと思っている。
その本気が時枝には分かるだけに、潤には厳しくしてしまう。

が、しかし……

黒瀬に一生付き合うと決めた人生ではあったが、その当時は潤が数に入ってなかった。
だから、仕事は黒瀬中心だった。
潤と黒瀬を結び付けたことが、仕事の量として自分に跳ね返るとは思っていなかった。
問題児の黒瀬の犠牲になってもらうつもりだったのが、どう考えても、自分が二人の犠牲になっている。
仕事量が減るのは、きっと潤が一人前になった時か、専業主夫になってくれた時なんだろう。
それはまだまだ先の長い話だと、目の前の青年を見て「はあ~」と溜息が洩れた。

もっと、時間があればな…俺も……

時枝の頭に、元親友の顔が浮かぶ。
それを頭を振って追い出すと、仕事仕事と言い聞かせ、新人に注意を払いながら、自分の仕事に戻った。

ということで…数年ぶりの秘書嫁が始まったよな。え~っと、少し前までヤクザ者Sで応援してもらっていた大喜(ダイダイ)です。今回も俺が進行役(?)を務めますのでよろしく!俺とオッサンも途中絡むから、是非、応援してくれ~。byダイダイ