その男、激情!134

「社長っ! 子どもの前でやめて下さい!」

時枝が、黒瀬を睨みつけた。

「――子どもって、俺?」

大喜が潤に訊いた。

「この中じゃ、そうだと思う」

潤の声が幾分自信なさげなのは、もしかしたら自分も含まれているかも、という疑念があるからだ。

「ひでぇ…。成人してるっつうの。そりゃ、まだ学生だけど……。でも、ちょっとショック…。時枝さんって、あいつ一筋かと思ってたからさぁ…」
「一筋です」

時枝が宣言するように言った。

「――ただ、大人にはいろいろあるんです」

大喜が知っているのは、時枝が黒瀬に本宅の離れで強姦された一件だけだ。
だが、あれは『乱れた』うちには入らないだろう。

「…オッサンには、ないよな…あったら、どうしよう…」

大喜の呟きに、潤の顔色が変わった。

「あるわけないだろ、ダイダイ。佐々木さんに限って、木村さんとなんて有り得ないから安心しろよ」
「木村さん? それ、なんの話?」

ヤバイと思ったが、吐き出した言葉は飲み込めない。
やはり、潤は疲れているようだ。
こんなミスをするような潤ではない。

「ふふ、潤は兄さんの事や元上司の暴走とか、ゴリラの世話で疲れているんだよ。木村にさっき会ったから名前が出ただけ」

潤が誤魔化す前に、黒瀬がフォローを入れた。
黒瀬の何気ない優しさが潤には嬉しくて堪らない。
もちろん、時枝はそんなことでは誤魔化されないが、ことを大きくするつもりもない。

「くだらない話より、食事にしてください。どうぞ、お二人先に。邪魔しませんから、ごゆっくり食事でもそれ以外でもどうぞ。大森と私は後で頂きますので」

四人集まっていたリビングから二人を時枝が追い出すと、時枝は大喜に子ども扱いしたことを謝罪した。

「立派な大人ですから、今聞いたことは忘れて下さいね」

それは自分の乱れた性生活について、大喜へ口止めだった。

 

時枝と大喜も食事をとり、大喜の介助で入浴を済ませると、二人は客室のベッドに二人並んで横たわった。

「ここさ、客室だろ。ベッドがダブルベッドだけっていうのが、黒瀬さん達らしいね」
「身内しか来ませんしね…このマンション。ここ数年は誰も使ってないと思います」
「――こうして時枝のオヤ、時枝さんと一緒に寝てると、アレ、思い出す」
「アレ? ぁあ、アレ、ですね」
「そう、アレ。今だから話すけどさ、最初は超恥ずかしかった。早くオッサンと繋がりたくて、俺も必死だったけどさ」

アレ、とは、大喜が時枝に頼んだ拡張訓練のことだ。 
佐々木と相思相愛になったばかりの大喜が、真珠入りの一物を持つ佐々木とのザ・合体をスムーズに行えるよう、時枝に頼んだのだ。

「社長達ほどではありませんが、大森と佐々木さんも、落ち着くまでいろいろありましたね…。せっかく訓練を施しても、実践までどれだけ掛ったか…」
「悪かったよ。…でもさ、黒瀬さん達や俺達よりも辛い想いしてるのって、時枝さんじゃん。――そうなんだよね、俺が今日経験したことなんて、それに比べると」
「いえ、人が感じる辛さなど、コトの大小ではありません。あなたの心に傷を負わせたことは事実です。――はあ…なのに、あのアホは…」
「良かったじゃん。橋爪じゃないって、黒瀬さん言ってたし。今日のことも覚えてないと思う」
「覚えてなくても許しません」
「ははは、時枝さんの愛ってなんだかんだ凄いよね…。あっ、でも、…どうしよう…」

大喜が跳ね起きた。

「時間の空白があること、組長さん、もう知ってるんだ…喋ったし」
「いいんですよ。どうせ分ることです。――寝ましょ」

時枝が、興奮気味の大喜の背に軽く触れる。

「疲れすぎて、眠れませんか? だったら昔話でも。このベッド、勇一と初めてヤッたベッドなんですよねぇ。あのアホ、好奇心で俺を抱きやがった…」

元々友人同士なのは知っていたが、その一戦を越えた話は、大喜には意外だった。
時枝の勇一に対する愛情の深さからして、もっとロマンスのある話が隠されていると思っていた。
そして、それを苦々しく語る時枝の話術に引きこまれ…笑っているうちにいつの間にか眠りについていた。

「やはり、まだ、子どもですよね…」

絵本の読み聞かせで寝てしまう幼児と大差ない大喜の寝顔を、時枝はしばらく眺めていた。