その男、激情!133

「後はお任せして我々は帰ろう。長居は邪魔だろうしね。じゃあね、兄さん。可愛い看護師さんと浮気しないように」
「余計なお世話だ!」

結局、勇一は最後まで目を反らしたままだった。

「お世話? ふふ、一晩アレコレお世話してもらうくせに。佐々木、行くよ」
「待って下さいっ! まだ、組長に…」
「片時も離れたくないぐらい兄さんが恋しいの? ダイダイに報告するよ」

大喜の名を出され、佐々木は渋々黒瀬に従った。

「佐々木との不倫については、今日だけ目を瞑ってあげるから、佐々木を本宅に連れて帰って。明日は指示があるまで二人とも組で待機」

処置室を出ると、黒瀬が木村に次の指示を出した。
二人とも、とわざわざ言ったのは、佐々木に勝手な行動をさせるなという意味だ。

「不倫って……、わかりました」

一体いつになったら、疑惑は晴れるのだろうか? からかわれているだけならいいが…

「いやですよぅ、ボン。ダイダイに会わせて下さい」
「木村、本宅じゃなくて、動物園のゴリラの檻に変更。楽しい一夜をお仲間と一緒に過ごしてね。行こう、潤」

黒瀬が潤を伴い、二人と分れた。

「ボンッ! 待って下さいっ」
「――若頭、その『ボン』って言うのが機嫌を損ねたんですよ」

黒瀬達を追い掛けようとする佐々木の袖を引っ張りながら、木村が遠慮がちに言った。

「離せっ、変態ッ! 俺はダイダイ一筋だ」

自分に向けられる侮蔑の目に、木村はかなり傷付いていた。

「分っています。俺も妻だけですから。お願いですから、俺をそんな目で見ないで下さい…俺、必死で仕事しているだけなんですからぁ」

やべ、泣きそうじゃん、俺。
こんな所で泣いたら、それこそ本気だと思われる。
必死で楽しい事を探そうとした。
だが、咄嗟には思い浮かばず…
ポロリと溢れた涙の粒に、『やっちまった』という羞恥で木村の顔が真っ赤になる。

「――木村、…取り敢えず、ここは我慢してくれ。気持ちだけ、ありがたく…ないが、受け取っておくから…その、まあ、…泣くな」

自分がよく泣くだけあって、佐々木は人の涙に滅法弱い。
仕方ないヤツだ、とハンカチを渡す。
病院内だからまだいいが、違う場所ならどうみてもゲイカップルの痴話ゲンカだ。

「…すいません。お借りします。――もう大丈夫ですから、我々も行きましょう」

やっとこの二人も病院を出た――が、帰り着くまでに一騒動起した。
タクシーに乗り込むなり行き先を巡っての言い争いだ。
木村は動物園を主張し、佐々木は桐生の本宅を告げた。
一歩も譲らない二人に、運転手が動物園を経由でしてからの本宅という案を提示し、結局それでカタが付いた。

 

 

「――そうですか。あのアホは病院ですか」

一瞬顔を緩めた時枝だったが、すぐに顔を引き締めた。

「オッサンも頭を打ったのか?」

時枝の横で、黒瀬の報告を聞いていた大喜には、勇一よりも佐々木のことの方が気になるらしい。

「そっちは検査も終わってるし、問題ないよ。こぶを作っただけだから、安心して」

潤の言葉に、よかったと大喜がホッとする。
自分が側にいない分、佐々木のことが気になって仕方なかった。

「それより、ダイダイ、今後のことだけど…、体の傷が消えてから、佐々木さんのところに戻った方がいいと思う」
「――分ってる。この体を見せたら、オッサン失神するだろうしな。時枝のオヤジ…じゃなくて、時枝さんとも話したし…俺、オッサンには今日の事は話さない…墓場までもっていく」
「古くさい表現。それって、ゴリラの影響?」
「社長、若い子を苛めない。大森、本当にありがとう」

ポンポンと大喜の膝を軽く叩いて、時枝が礼を言う。

「今は、勇一なんですね。社長と潤さまに、多大な迷惑をお掛けして、申し訳ございません。食事の用意をしていますので、先に済ませて下さい」
「食事? 時枝さん、作ってくれたんだ」
「することもなかったので、大森と一緒に。勝手にキッチンを使わせて頂きました」
「あっ、冷蔵庫の中…」

潤の顔が赤くなった。

「もう一つソレ専用の冷蔵庫を寝室にご用意されたらいかがでしょうか?」

この家の冷蔵庫には、食材の他に冷やして楽しむタイプのラブグッズ…いわゆる大人のオモチャ系やらジェルが入っている。
中には野菜を模したものまであった。

「ふふ、寝室には別に専用のがあるよ。時枝が見たのはキッチン用だから問題ないよ、ねぇ、潤」
「んもう、時枝さんにバラすなよぅ…。お小言喰らうかもしれないだろ?」
「大丈夫だよ。時枝だって、人に言えないようなこと沢山経験したから、ふふ、少しは柔らかくなったんじゃない? だいたい、兄さんには言えないような乱れた性生活送ってきたんだから、私達に小言なんて言える立場じゃないしね」
「嘘、マジ!?」

黒瀬の話に大喜が飛び付いた。