その男、激情!132

「今の組長さんだ」
『離せぇええっ!』
「組長を助けるぞっ!」

佐々木が衿を掴まれていることを忘れて、処置室に飛び込もうとした。

「ぐ、ひっ、」

当然、首が絞まる。
ゴホゴホと真っ赤な顔で咳き込む佐々木を置いて、

「行ってみる?」
「もちろん!」
「お、お伴します」

黒瀬と潤と木村が処置室に入った。

「困ります」

入ってすぐ看護師に阻まれたが、黒瀬の

「院長先生に、うちの兄らしき男がこちらに運ばれたと直々にお知らせ頂きましたので、確認させて下さい。邪魔はしません」

という嘘で、入室可能になった。
院長の関係者なら、通さないわけにはいかないだろう。

「どこも悪くないっ! 離せっ! 帰る」

奥のベッドで勇一が体を捩って騒いでいた。
点滴を抜こうとしているようだ。
それを看護師が押さえ付けて阻止していた。

「ねえ、潤、あれ、どっちだと思う? 兄さんかな、それとも橋爪?」
「ううん、橋爪かな?」
「俺には、組長としか思えませんが」
「木村には訊いてないけど」
「さ、差し出がましいことをっ!」

三人の会談を無視する者が弱冠一名。
遅れを取った佐々木が、「組長~~~っ!」と叫びながら部屋の中に飛び込んできた。
黒瀬達三人の前を素通りすると、奥のベッドまで駆けていった。

「組長っ!」

佐々木の出現に、ベッドの上で暴れていた男もそれを押さえ込んでいた看護師も動きが止まった。

「なんなんですか、あなたっ!」
「・・・」

看護師は至極尤もな反応をし、暴れたいた勇一は、急に大人しくなり佐々木から顔を背けた。

「組長! 組長っ! 組長ぉおおおっ!」

佐々木がしつこく『組長』を連呼する。
他に何かあるだろ、と病院スタッフを含めたそこにいた全員が思った。

「佐々木、ウルサイ」

微かにそう聞こえた。

「なんですかっ!? 聞こえませんっ!」

佐々木が聞き直す。

「佐々木ウルサイ、とこの患者さんは言ってます」

看護師が通訳の役目を果たす。

「そんなぁ…、心配したんですよっ。突然姿をくらますから。ダイダイも姿を消すし…。組長、大丈夫なんですか?」
「――大丈夫じゃないから、ココにいる」

また小声だ。

「だったら、大人しく診察と治療を受けて下さい」

看護師の声に刺があるのは、ついさっきまで、正反対のことを口にし暴れていたからだ。

「兄さん、心配しましたよ」

やっと黒瀬の登場だ。
橋爪ではないという判断で、話し掛けた。

「あまり時枝さんを心配させるなよ」

それに潤が続き、

「…組長、ご無事で…その、…あの、…何よりです」

最後は木村だった。
三人の顔を確認しようともせず、

「武史に潤に木村か」

やはりそっぽを向いたままだった。
だが、今度はハッキリとした声だった。

「いつ、出られる?」

勇一が看護師に訊いた。

「頭をかなり強く打っていますので、検査次第です。異常がなければ、明日には」

答えたのは医者だった。

「誰にやられたんですかっ!」

まさか自分と同じように転んで強打したとは、佐々木はこれっぽっちも思わなかった。

「佐々木、ウルサイよ。兄さんの治療と検査が先じゃない? 佐々木よりは幾分兄さんの方が精密でデリケートな脳をしているはずだから、ねぇ、先生」
「…いや、それは…、」

はい、とは医者が言えるはずがない。

「ねえ、先生」

黒瀬に冷たい微笑と視線を送られ、否定してはマズイと医者の本能が警報を出した。

「――はい。とにかく、検査をしてからです」

認めてしまった医者は、看護師達に冷やかな目で見られ項垂れていた。