その男、激情!131

「違いますっ! 誤解ですっ!」

組んでいた手を慌てて解いた。

「俺は元組長代理の言いつけを守っていただけですっ!」
「なに、木村? いつ私が佐々木とラブアフェアしろって命じた? 記憶にないけど?」
「そうだよ、全く見損なったよ。今度は黒瀬に濡衣を着せようと言うつもりなのか?」
「そうじゃ、なくって…。若頭、助けて下さいよぅ」

半泣き状態で木村が佐々木に助けを求めた。

「気持ち悪い目で俺を見るなっ! 俺はダイダイ一筋だ! 悪いが、お前の気持ちには答えられん」

佐々木が不快感露わに、言い捨てた。

「俺だって若頭なんて、ゴメンですよぅ。若頭とどうにかなるぐらいなら、とっくに、アッ」

木村が何故か顔を真っ赤にし、自分の口を塞いだ。

「ふ~ん、佐々木だけじゃなくて、他にも誰かいるんだ」

黒瀬がすかさず突っ込みを入れる。

「いませんっ! 俺が愛しているのは、可愛い女房と子どもだけですっ! …んもう、いい加減にして下さい」
「口ではなんとでも言える。悪いけど、木村さん、俺、信用してないから。でも、今日のところはもういいよ。木村さんのことで来たわけじゃないから」

潤が木村に冷たく言うと、それに佐々木が続けた。

「全くだ。このボケがっ! お前のせいでダイダイの話が飛んだじゃねえかっ!」

ガツンと拳骨付きだった。
潤からビンタを喰らい、佐々木から拳骨を落とされ、踏んだり蹴ったりの木村に、更に黒瀬が留めを刺した。

「潤が許さないとなると、私も許すわけにはいかないから…ふふ、早く信用されるといいね」

黒瀬の微笑に、木村の背筋にゾゾゾと悪寒が走った。

俺、仕事しただけだろ?
真面目に仕事をした結果が…命の危険って、どういうことだ?
これが極道の世界の厳しさなのか?
今まで俺は、まだまだ甘い世界しか知らなかったということなのか?
若手ナンバーツーともて囃され、いい気になっていただけなのか?

組の仕事とは全く関係のない所で、自分の選んだ道の険しさに直面した木村だった。

「こんなヤツのことは、どうでもいいっ! ダイダイは、無事なんですね、ボンッ!」
「兄さんの様子、覗いてこようかな。兄さんが処置を受けているのはココ?」

佐々木の問い掛けを黒瀬は無視し、処置中の赤いランプが点灯している部屋を指しながら木村に訊いた。

「はい、そうです」
「ボンッ!」
「潤、ここにボンなんていた?」
「いない。佐々木さん、ダイダイは俺達のマンションにいるから。時枝さんも一緒だから安心して」

ダイダイに何が起こったのかは、勿論伏せた。

「潤は、本当に優しいね。全く、学習能力のないゴリラだ」
「も、申し訳ございませんっ! 元気なんですか!? 無事なんですね?」

黒瀬の機嫌を損ねたことよりも、大喜のことで佐々木の頭はいっぱいだった。
今直ぐ大喜の元に駆けつけたい、と佐々木の体の向きが変わった。
が、佐々木がその場を離れることは出来なかった。
前に一歩出ようとした佐々木の衿を後ろから黒瀬が掴んだ。

「兄さん放って、どこ行く気?」
「どこって、もちろん大喜の所です!」
「お猿は会いたくないと思うけど。元々家出中じゃない。疲れたところに、会いたくないゴリラの顔なんて、お猿もいい迷惑だよね」
「…そんなぁ」

『うわぁあああああっ!』

突然飛び込んできた声。
そこにいた四人全員の注意が、一斉に処置室に向いた。