その男、激情!130

「…黒瀬、…アレ、…木村さんと佐々木さんだよね?」

見間違いだと思いたい気持ちが、潤の言葉を途切れ途切れにさせた。

「ふふ、小猿からチンパンジーに宗旨替えしたのかのね」

慌てて駆けつけた黒瀬と潤の視線の先に、奇妙な光景があった。
佐々木の腕に、自らの腕を絡めている木村。
男同士の腕組みを否定するほど、この二人は古くさい概念などもちろん持ち合わせていないが、――むしろ、自分達は周囲の目をきにせず積極的に腕組みをするような二人だが、奇妙に思うのも無理はない。
佐々木には大喜が、木村には妻が、とそれぞれ別の相手がいるからだ。

「浮気?」
「佐々木が絡むとなると、本気じゃない? あれが、浮気なんて芸当できるわけないし。ふふ、ゴリラを挟んでの小猿とチンパンジーの泥沼の闘い?」
「佐々木さん、頭激しく打ったから、ダイダイと木村さんの見分けがつかなくなったとか?」
「でも、木村もノリノリじゃない? むしろ、木村の方から佐々木に腕回しているし~」

黒瀬と潤の二人と、佐々木達の距離は狭まっている。 
黒瀬と潤の声が聞こえたのか、木村が振り返った。

「――何あれ」

木村は振り返っただけでなく、黒瀬と潤の姿を捉えると、もう片方の手を嬉しそうに二人に振った。

「木村さんって、佐々木さんのこと…好きだったんだ…。俺、木村さんのこと嫌いになりそう」
「どうして?」
「だって、結婚が偽装だったということだろ。そんなの、男として、いや、人として許せない」
「潤が許さないなら、私も木村を許すわけにはいかないね」

ご立腹といった様子の潤とは違い、黒瀬は明らかに面白がっている。

「お待たせ。兄さんは?」

佐々木と木村の所に辿り着いた二人の様子に、木村は二人がケンカでもしたのかと思った。
黒瀬はいつものように微笑を浮かべている。
一方の潤は、かなり機嫌が悪そうだ。
実際は木村に対し腹を立てているのだが、木村の目には黒瀬とケンカでもして、拗ねているように映った。
そう、木村は知らなかった。
この二人の間に、通常のカップルのようなケンカは存在しないってことを。

「中に入ったまま、出てきません」

木村が答えた。

「ダイダイは、元気なんですかっ! 木村、このヤロ―ッ、いい加減放せっ!」

黒瀬に喰って掛るように佐々木が訊く。
同時に木村の腕を振り払おうとしたが、組んだ腕は解けなかった。

「若頭。無駄な抵抗は止めて下さい。少しは俺のことも…」

そこでパチンと乾いた音が廊下に響いた。

「は、い?」

突然のことで、何が起ったのか木村には分らなかった。 
音の直後から、左頬がジンジンと痛む。

「俺のことも、って、どういうことだよ、木村さん!? 俺のことも愛してくれとでも言うつもりだったんだろっ! その腕、サッサと佐々木さんから離せっ!」
「・・・今、俺、潤さまから…ビンタくらいました?」

木村が真横で唖然としている佐々木に、恐る恐る訊いた。

「――ぁあ、間違いない」

佐々木の答えに、木村は自分の身に起きたことを完全に認識した。

「あのう、俺、何か怒らせることを…」

目を釣り上げ自分を睨みつけている潤に、木村がお伺いをたてる。

「自覚ないんだ、図々しい」
「だいたい、佐々木さんも佐々木さんだよ」
「アッシですか?」
「ダイダイのいない隙に木村さんなんかにつけ込まれて、見損なった」
「申し訳ございませんっ!」

潤の勢いに負け、内容を深く考えずに佐々木が謝罪した。
これでは潤の言ったことを認めたことになる。

「木村さん。男として恥ずかしくないの? こんな非常時を利用して、佐々木さんにアプローチするなんて…。呆れ果てたよ」
「アプローチ?」
「人の目も気にせず、腕まで組んで、ダイダイに勝ったつもり? 自分と佐々木さんの仲がいいって、俺達に見せびらかしたいんだ」
「ふふ、木村が佐々木を愛していたとは、知らなかったよ。小猿のいなくなるのを、虎視眈眈と狙っていたんだ」

・・・まさか? 俺が、若頭を?
そんな誤解って、アリかよっ!
俺は、必死で若頭を引き留めていただけじゃないかっ!

やっと木村は、潤の誤解に気付いた。