その男、激情!128

「つまり、話を整理すると、桐生の墓地でおかしくなった勇一が大森に美人局(つつもたせ)まがいのことをさせようとした、ということですね? ギリで助けに入るはずの勇一が助けに来なかった。その結果、犯られてしまった。勇一の言分(いいぶん)は助けようとしたが、鍵が掛っていて入れなかった。しかし金は相手からちゃっかり脅し取った。そして混乱している大森を縛り上げ置き去りにした」
「…そうです。だから、アイツが俺を直接どうこうした、って言う話じゃないんだ」

黒瀬と潤の愛の巣で、大喜は勇一と桐生の墓地に行ったところから、時枝にホテルで何があったのかまで、詳しく話した。

「勇一であろうとなかろうと、許せる話ではありません。佐々木以外の男に…こんなにボロボロになるまで犯られて…。可哀想に…」

高級な革を使ったソファに座った大喜に並ぶように、車椅子から降りた時枝も座っている。
その時枝が、ギュッと大喜を抱き締めた。
時枝にも勇一以外の男やら犬に自分の意思とは関係なく嬲られた経験がある。(←ここの場面が小冊子第一弾です)
肉体的な辛さもあるが、本当に辛いのは心だ。
実感としてあるだけに、大喜の辛さが時枝には手に取るように分る。

「誰だから許せる、誰だから許せない、という次元ではないでしょっ!」
「…でも、俺にも責任があるから」
「ありません! 大森が自ら誘ったとしても、そう仕向けたのは勇一でしょ! 全くあの男は…俺を殺すことだけ考えていれば可愛いモノを…。佐々木の宝を二度も巻き込むとは、それが橋爪であっても、許すわけには行きませんっ!」
「っ、く、くるしいっ!」

時枝が興奮し、大喜を抱き締める腕に力が入った。
肋骨が軋むぐらいの強い力に、大喜から悲鳴があがった。

「あ、すまない」

慌てて時枝が腕を離した。

「…ふう、――俺、…宝? オッサンの宝? 本当にそう思う?」

息を整えた大喜が、今度は時枝の肩を揺らして確認する。

「うっ!」

今度は時枝から呻き声が上がる。
顔を顰めた時枝を見て、大喜はあることに気付いた。

「…時枝のオヤジ、…いや、時枝さん、三角巾は? 腕いいの?」

時枝の片腕は、まだ吊られていたはずだ。
ホテルに時枝が現われた時は、片手しか自由じゃなかった。

「…ない。いつ、外した? 勇一を捜している時か? あのワゴン車の中か? 今、言われて気付きました。痛い筈だ。骨折ではないので問題ないでしょ」

大喜に回した手が無意識に片手だったのはそれでか、と妙に納得した。

「…ごめんなさい。俺、ウッカリして…」
「大丈夫ですから。それよりも、先程の質問ですが、本当のことです。大森は、佐々木の、佐々木さんの大事な宝です」
「…でも、オッサンは、黒瀬さんや潤さんも同じぐらい大事だと言った。俺の方が大事とは言ってくれなかった…。実家に帰るって言っても、止めてもくれなかった…」
「はあ? はあ…、大森、あなた、…社長と出会った頃の潤さまと同じぐらいに愚かです。今日あなたに起きた事は、一先ず置いておきます」

時枝が心底呆れた顔を向けた。
その顔にはハッキリ「バカだろ」と書いてあった。
その表情が、なんとも嶮しいものに変わる。
そして「はあぁああ、」という深呼吸とも溜息ともとれる長い一呼吸が入り、時枝の説教が始った。

「あの佐々木さんの側に三年もいて、まだ彼の不器用で真っ直ぐな愛情を疑うなんて。社長と潤さんだけじゃなく、私や勇一の名前を出しても、佐々木さんなら『大事』と答えますよ。質問したんしょ? どっちが大事かって。同じくらい大事って、答えるに決まっています。あなた、ご両親と佐々木さんを天秤にかけてどちらが大事なんて言えますか?」

あ、と大喜が息を呑んだ。

「胸張って、佐々木さんの方が両親より大事と答えるような薄情な人間なんですか? だったら、私の大森を見る目は曇っていたということになります。そんな男なら、佐々木さんには不釣り合いです」

大喜の視線が、時枝から離れ自分の太腿に移る。
時枝の言葉は耳に痛いだけでなく、大喜の胸も痛くする

「佐々木さんは懐の大きい男です。社長にはいいようにあしらわれていますが、それでもあの社長が、本気で無能と思っているなら、とっくの昔に、桐生に佐々木さんの姿はないはず。私が桐生で組長をやってこれたのも佐々木さんのサポートがあってのことです。それは大森、あなたも分っているでしょ? やっと勇一が戻って来た。ますます佐々木さんの中で桐生に対する責任感が生まれていたとしても不思議じゃない。それは桐生が佐々木さんにとって、あなたのご両親のような存在だからです。それをあなたも分っていたはずでしょ」

愚かだった。
愚問だった。
大喜が下唇をギュッと噛みしめる。