「迎えなど邪魔なだけだ。ガキじゃあるまいし、一人で大丈夫だ」
検査結果が出るのを延々と待たされた佐々木がやっと結果を聞き出し、病院から出ようとしたときに木村が姿を見せた。
病院の自動ドアを出た所で、木村が駆け寄って来た。
「若頭、本当に大丈夫なんですか? まだ、顔色が悪いようですが」
佐々木を病院から出すなと命じられている木村は、ギリではあるが間に合ったことに安堵した。
しかし、引き止める理由が思い付かない。
「くどい。大丈夫だ。俺の事よりダイダイだ」
「大森は、大丈夫ですから。安全な場所にいます。心配要りません。それより、もっと詳しく検査してもらった方が……」
「見つかったのか? ダイダイ、無事なんだな?」
「はい。大森は無事です」
命は…という意味では無事だから、嘘は付いてない。
「どこだ!」
「どこって…それは、あの…元組長代理が…」
「ボンのところか。迎えに行かねば。木村は組に戻れ」
俺の役目は、若頭をここに引き止めておくことなんです~~~、と、目で語った所で通じるはずもなく、
『若頭、お叱りは後で受けますから!』
と、心の中で謝罪しつつ、佐々木の進行方向に自分の足を投げ出し引っ掛けた。
「ひっ!」
バランスを崩した佐々木が、派手に転んだ。
咄嗟に手を着いたので、今回は頭を打ち付けることはなかったが、その際、右手首を捩ってしまった。
「――こ、の、ヤロ――っ、木村、てめぇ、…ワザと、っい、てぇッ」
「診てもらいましょう!」
手首を擦りながら立上がった佐々木の背を木村が押す。
「バッカヤローッ。俺は忙しいんだっ。ダイダイが待ってるっ」
「お願いですからっ。診てもらって下さい!」
木村が渾身の力を出して、佐々木の身体を病院内に押し戻した。
その時、背後で耳をつんざくサイレン音と共に救急車が到着した。
「通路、空けて下さいっ!」
木村と佐々木を押し退けるように、運搬用のベッドが救急車両の元に運ばれた。
佐々木も同様に今朝運ばれたばかりだが、もうすでに他人事。
手首の痛みを忘れ、注意が救急車のストレッチャーからベッドに移されようとしている人物に向いた。
木村も同じで、二人揃って野次馬状態だ。
「――死んでないか、アレ?」
ベッドの上から垂れた腕が見えた。
「縁起でもないこと、言わないで下さいよ。若頭も今朝は同じ状態でした」
ベッドの回りに看護師やら医師が集まっていて顔が良く見えないが、事故ではないようだ。
止血等の処置をしている様子はない。
「後ろ通ります!」
慌ただしく、二人の横をベッドが通過する。
「木村、今の、」
「若頭、アレは、」
通り過ぎる際、足元から顎を見上げる形で顔が少し見えた。
二人がよく知る顔に酷似していた。
「組長!?」
同時に思い当たる名前を言い、二人はお互いの言葉を確認しるように顔を見合わせた。
「勇一組長だ――っ!」
佐々木と木村が通過していったベッドを追い掛けた。
「なんなんですかっ! 邪魔ですっ」
「知人かもしれないっ! 顔を確認させてくれ」
追い払おうとするスタッフの間に割り込んで、正面から顔を確認した。
間違いなく勇一だった。
「…これは、橋爪っすかね、それとも組長ですかね…、若頭、どうしましょ」
「どっちでも同じ事だ」
それよりも、気になるのは状態だ。
意識がないのは一目で分るが外傷は見当たらず、重態なのかたいした事がないのか。
「どこが悪いんだっ! 何で意識がないっ!」
佐々木がスタッフに食って掛る。
「それを今から診るんでしょ。邪魔しないで下さい」
ベッドが処置室に運ばれ、佐々木と木村も中に入ろうとしたが、看護師から追い出された。
「一体、どうなってるんだ!? どこから運ばれたんだ?」
「若頭、救急隊員なら詳細を知っているはずです。今ならまだ外にいるかもしれません」
「それを早くいえ、ボケッ、…い、てぇ」
木村の頭を殴ろうとした佐々木が手首の痛みに顔を顰めた。
「俺が、訊いてきますから! 若頭は診察を受けて下さい」
「バカヤロー、こんな時にテレ~っと診察なんか受けてられるかっ」
「とにかく、俺がひとっ走り訊いてきますから! 若頭は此処を動かないで下さいよ」
思わぬ勇一の出現に木村も動転していたが、それでも黒瀬から命じられたことは忘れなかった。
とにかく次の指示を仰ぐまでは、佐々木に自由に動かれては困ると必死だった。