その男、激情!125

その頃、橋爪は武器調達が上手くいかず、ビジネスホテルの一室に買い込んだ酒~ビール缶・酎ハイ・カップ酒を片っ端から空けていた。
いわゆるやけ酒ってやつだ。
床には空き缶が散乱しており、部屋中にアルコールの匂いが充満している。

「クソッ、のんびりしている時間はないっ」

空になったビール缶を放り投げながら、酔っ払いが叫ぶ。

「李なんか関係あるかっ! これは俺の仕事だっ! 他のヤツに殺(や)らせね~ぞ、」

―――アイツは、…アイツの身体は、…俺だけのモンだっ、ケツの中まで俺のだっ、

「文句あるヤツは、出て来いっ! 俺だけが、殺(や)る権利があるんだっ」

時枝の身体の感触が、リアルに蘇る。
カーッと身体の芯が、アルコールとは別の理由で熱くなる。
死にぞこないのくせに、搾りとろうとしやがって、とんだド変態ヤロウだ…
橋爪の右手が、下着の中に潜り込む。

『…お客さま、』
「――るっ、せーっ!」

今から、というタイミングを見計らったように、邪魔が入る。
ホテルの従業員がドアをノックしている。

『他の方のご迷惑になりますので、』
「迷惑? だったらなんだ?」
『声のボリュームを落として頂けますか?』
「なんだとぉお、このホテルは、客の過ごし方にイチャモン付けるのかっ!」

できあがっている酔っ払いに、大人の常識・モラルが通じるはずもなく、非常識な言葉がドア向こうの従業員に投げ付けられる。

『滅相もございません。どのお客さまにも快適にお過ごし頂きたいと思います。もちろん、この部屋の両隣のお客さまに対してもです』
「よ~く、分ったっ! 俺の楽しみを邪魔しようっていうのは、両隣の奴らだな。チクったやつと直接ナシを付けようじゃないかっ」
『え? こ、困りますっ』

従業員が、慌てる。
両隣の客を巻き込むわけにはいかない。

「今、行くから待ってろっ!」

正直、従業員は逃げたくなった。
今なら、間に合う。
だが、自分が逃げたら、確実に両隣の客が被害に遭う。
その場合の責任は?
どうすればいいんだ~~~~、と従業員が頭を抱え、ドアの前でドギマギしながら立っていた。
一方、酩酊状態の勇一は、下着の中に手を突っ込んだままで、入口に向かった。

クソッ、待ってろよ~、
どこのどいつだっ、
ちっ、地震か?
勝手に揺れるなっ、

揺れているのは部屋でも地球でもなく橋爪自身だ。
右に左にといわゆる千鳥足だ。
そして、左右にぶれて着地する足元には、空き缶が散らばっており、コントさながらの結末を橋爪は迎えることになる。

「げっ、わっ、」

空き缶の上に右足滑り、ズルッとそのまま足が持っていかれた。
運が悪いことに、利き手の右手が下着の中だった為、咄嗟に手を突くこともできず、見事に後頭部まで床に着地する羽目になった。
「―っ、」

後頭部に衝撃を感じた。

…なんだ、こりゃっ。…俺は、…死ぬ、…の、か?

外側から視界が白くなる。
日本に来てから二度ほど死を覚悟する状況があったが、今回は覚悟も何も、あまりに突然だった。
内側まで白くなったとき、橋爪の意識はなくなっていた。

『お客さま?』

従業員の耳にも、大きな音が届いた。

『お客さま? どうなされました?』

返事がない。
さっきまでの怒号が嘘のように静かだ。
静かになったのだから自分の仕事は終わった、とはいかなかった。
プライバシーの侵害だと後々文句言われるかも知れないが、急死でもされてたらコトだ。
死人の出た部屋というのは後々の営業に差し支える。
せめて死にかけているなら、最後は――救急車の中でも病院でも、とにかくこのホテル以外で迎えてもらわねばならない。
生きてこの部屋から出さないと、これまた自分の責任問題になる。
従業員は確認する前から、危篤状態を想定してマスターキーを取り出した。