その男、激情!124

「今のうちに車に」
「了解!」

黒瀬と潤は、気を失った時枝を車椅子ごとワゴンに乗せた。

「あとはお猿を拾ったら終わり」

一連の成り行きを好奇心丸出しで見守るギャラリーの視線を受けながら、ワゴンは発車した。
大喜のいるホテルに回る。
裏の駐車場に、スキンヘッドに付き添われた大喜が黒瀬と潤を待っていた。
時枝の暴走で、大喜は自分が死ぬどころではなくなっていた。
身体と心に受けた傷が癒えたわけではないが、今は別の心配でそれどころではなかった。

―――時枝さんがアイツを殺したら、俺のせいだ――

「時間がないので、さっさと乗って」

ワゴンの窓から顔だけだして、黒瀬が大喜に指示を出す。
自らワゴンのドアを開け、大喜は乗り込んだ。
男に乱暴に扱われたせいと、拘束されてから不自然な体勢で暴れていたので、全身が怠く、節々が痛く動きがかなり緩慢だ。

「――時枝さんっ!」

頭を垂れた時枝の姿。

「…死んでる? ――黒瀬さん、あんた達、まさか…」

大喜が黒瀬と潤に疑いの眼を注いだが、それに二人からの返答はなく戻ってきたのは、

「急ぐから」

という潤の言葉とワゴンの急発進による身体への衝撃だった。
意思に関係なく尻がワゴンの座席の上に収まる。

「…急ぐってどこに?」

時枝の脈をとり、生存確認をしてから大喜が訊いた。

「俺達のマンション」

潤が腕時計を見ながら素っ気なく答える。

「ふふ、大丈夫、間に合うから。車椅子があんな走りをしてたんだから、ワゴンならもっと無茶しても問題ない。近道するね」

黒瀬の言う無茶は、スピード違反という可愛いレベルのものではなかった。
進入禁止も一方通行も無視し、十分掛るところを五分で自分達のマンションに着いた。
あとはもう黒瀬と潤の愛の巣への直通エレベーターに乗せればいい。
気絶したままの時枝を降ろすと、黒瀬が今度は起す為に一撃を加えた。

「っ、たーっ。何をするんですかっ、社長。こ、こは…、」

意識が戻った時枝の視線が大喜の姿を捉えた。

「大森ッ、大丈夫なんですか! …そうだ、勇一だっ、あのヤローっ、」
「時枝、悪いけど兄さん探す前に、大森とココで留守番ね。勝手に兄さん捜しに出て行ったら、大森に兄さんがしたこと、佐々木に喋るよ。ふふ、そうしたら…内部抗争勃発じゃない? 佐々木が兄さんを殺しに掛りそう」

時枝への脅しは同時に大喜への脅しになっていた。
大喜が時枝の車椅子のグリップをしっかり握った。

「お猿は理解したみたい」

直通エレベーターの扉が開き、時枝と大喜の二人だけが乗り込む。
黒瀬と潤は、急いで会社に戻った。

「…時枝さん、俺、…俺のせいで、無茶させてしまった…、ごめん」

上昇するエレベーターの中で、大喜が時枝に謝る。
リハビリ中の時枝を暴走させた責任を感じていた。
とにかく、時枝が誤解したまま勇一と対峙しなくて良かったと、大喜はホッとしていた。

「どうして、あなたが謝るのです。悪いのはあのアホです。…勇一のヤロウッ、俺がこの手でキッチリカタを付けてやる」
「違うんだっ! ソコ、誤解なんだ…、橋爪でもないけど…組長でもないんだ、俺を犯ったの……別人…自業自得なんだ…」
「勇一じゃない?」

どういうことだ、と車椅子の上から時枝が振り返った時、エレベーターは最上階の黒瀬宅に着いた。