その男、激情!121

「…私です、時枝です」

ベッドの上に、小さな山があった。
左右に揺れる山。
姿は見えないが、その山の正体は大喜だと分っている。

「毛布、剥がしますよ」

車椅子から手を伸ばし、一気に毛布を取った。

「!」

絶句。
思考がその一瞬止まった。

「ぅう、…ぐ、うううっ、」

性交の痕を生々しく残した全裸の大喜。
手と足を縛られ、猿ぐつわまでされ、転がっていた。 
時枝を認識すると、怒りと絶望が混じり合った目を唸りながら向けた。

「…大森、――なんてことだ…」

時枝が素早く大喜の口に渡った布を解く。

「ぅうわぁあああああ――っ」

自由になった口から、大喜の泣き叫ぶ声が解き放たれた。

「ああーっ、死ぬっ、俺、俺っ、」

首を左右に激しく振り、死ぬ、死にたい、を繰り返す興奮状態の大喜。
時枝は車椅子から立上がりベッドに移動しようとしてバランスを崩し、泣き叫ぶ大喜の横に尻餅を着くように腰から着地した。
自分の横に時枝が座っても、大喜の興奮状態は続いていた。
片手しか動かせないので、その手を大喜の頭の後ろに回すと、自分の胸に大喜の上半身を引き寄せた。

「…落ち着いて、」

時枝の胸には吊られた腕があり、その上に大喜の頭が乗っている。
時枝には激痛が走っていたが、その痛みを無視し、時枝は大喜の興奮が鎮まる迄待った。

「っ、っく…、――っく、…、…、」
「あなたが死んでどうするんですか。哀しむのは誰ですか? 佐々木ですよ。佐々木を苦しめたいのですか?」
「……生きてても、苦しめるっ! 俺、…俺、…裏切った」
「違うでしょ。大森の意思じゃない。こんな目に遭わせた勇一が悪い。死ぬなら、あなたじゃなくて、勇一です」
「…っ、…でも、あいつはっ、」
「橋爪でも、勇一です。私が勇一の手で命を落とすのは構いませんが、大森をこんな目に遭わせたことは許せません。許せるはずがないっ!」

時枝の身体が怒りでブルブル震え出した。

「…時枝、…さん」

大喜が時枝の震えを感じ、泣きっ面で見上げた。

「いくら橋爪だからといって、こんな行為を許せるはずがないっ! 息の根を止めてやる」
「…いや、――ソレは…」

時枝は橋爪が大喜を犯したと思っていた。
時枝の顔が般若のように見え、大喜はゾッとした。
本当に殺すかもしれない、こりゃ、ヤバイ、と大喜に思考が戻って来た。

「俺のケツ掘ったの、アイツじゃない。…橋爪じゃない…から…」
「勇一、自らですかっ! あのヤローーーッ!」

ヤバイ、と大喜が思った時には遅かった。
大喜を自分の胸から放り出すと、曲芸のような早業で車椅子に戻った。
車椅子が必要な人間とは思えぬ俊敏な動きを見せる時枝。
大喜が呆気にとられているうちに、時枝の乗った車椅子は大喜の視界から消えた。

「ちょ、ちょっと、時枝さんっ! 待てって」

追い掛けようにも、手足の拘束は解かれていない。
大喜はベッドから床にぐるっと転がって身体を落とすと、大声で叫んだ。

「誰か、時枝さんを止めてっ!」

驚いたのは、木村とスキンヘッドだ。
大喜の叫び声とほぼ同時に鬼の形相の時枝が車椅子で飛び出てきた。
そのままグルッと木村の前で方向転換すると、エレベーターに向かう。
木村が慌てて時枝を追い掛けたが…時枝は既にエレベーターの中に乗っていた。
間が良いというか悪いと言うか、ちょうどエレベーターが四階に止まっていた。
木村の目の前で扉が閉まる。
こりゃ、階段だ、と非常口に回った。
数段とばしで階段を駆け下りると、時枝が乗ったエレベータより数秒早く着いた。