その男、激情!120

それは木村と時枝が、橋爪の潜伏しそうな場所を地図を広げて検討しているところだった。
木村の携帯が突然ネコ型ロボットアニメの主題歌を奏で始めた。

「はい、俺だ。なんだとぉ? それは本当か? 間違いないんだな? で、その男は組長か? …直ぐ行く。応援は呼ぶな」

童顔の木村が、嶮しい顔で携帯を閉じた。

「勇一か?」
「はい、現われました。うちのホテルの一つに組長が、あ、その、橋爪が。防犯カメラに映っていたそうです。それと、そのホテルに大森が置き去りに……」

それから先は、報告したくないのか、木村が視線を時枝から反らした。

「大森は無事ですか?」

時枝が、車椅子で木村に詰め寄った。

「命に別状はありませんっ。直ぐに出たいので、腕のたつ者を至急戻しますっ!」

携帯を慌てて開いた木村の臑を、車椅子に座ったままで時枝が蹴った。
歩行訓練の成果は木村の悲鳴で証明された。

「必要ない。私も一緒に行く」
「駄目ですっ! それは駄目ですっ。連れて行けませんっ!」

木村は必死だった。

「この目で大森の無事を確認します。何か問題がありますか?」

木村の様子からあることは分っている。

「……あります。いえ、ありません」

木村が聞いた内容では、大森は明らかに乱暴を受けている。
考えられる相手は一人なだけに、その姿を時枝には見せたくなかった。

「何を心配しているのかは知りませんが、私は佐々木とは違います。大丈夫です」

そうだ、若頭が戻ってなくて良かった…、まだ時枝組長の方がマシかもしれない、と木村は時枝の発言を素直に言葉通りに受け取ってしまった。

 

 

「…懐かしいな」

従業員用の駐車場に着いた時枝は、建物の汚れた壁を見ながら目を細めた。
桐生の所有物ではあるが、組長として時枝が直接出向いたことはなかった。
この中に足を踏み入れるのは何年ぶりだろう。
そう、あの時も、裏から入って行った。

「利用されたことが?」
「高校生の頃に。勇一と…」
「えっ! そんな昔からお二人は、そういう関係だったんですか!?」

車椅子を押す木村の手が止まった。

「バカなこと言わないで下さい。気持ち悪い。高校生のアホの勇一と私が何かあるわけないでしょ。バイトです」

当時とは、自分の状況も含め何もかもが変わってしまった。
バカやっていたあの頃には戻れないが、今も昔も勇一に振り回されているところは同じだ。

「大森の所に急ぎましょう」

バリアフリーにはなっていないが、建物内は木村の手を借りずとも、車椅子での通行に問題はなかった。

「遅い! 置いていきますよ」

エレベータに先に乗り込んだ時枝が、木村を急かす。

「何階の部屋ですか?」
「412なので、四階です」

あの度アホは、大森をラブホテルに連れ込んで、何をしようとしていたんだ。
時枝のこめかみがピク、ピクッと電流が皮膚の真下に流れているように撓る。
直ぐにエレベーターは四階に着いた。
降りると、部屋番号を見なくても、どの部屋に大喜がいるか直ぐに分った。
スキンヘッドの厳つい顔が、エレベーターから右に三つ目の部屋の前に、門番さながら立っている。

「組長っ! …どうして、ここに」

時枝の顔を見て、スキンヘッドが困惑した顔になる。
木村同様、時枝には見せたくないと思っていた。
それともう一人、見せられない人間がいる。

「若頭は…、」
「教えてない。安心しろ」

木村が答えた。

「大森の様子は?」

時枝が訊いた。

「…痛々しい、というか、生々しいというか。俺が触るわけにもいかないので、毛布だけ掛けています。…あの、組長は会わない方が…」
「ドアを開けて下さい。私が呼ぶまで木村も入らないで下さい。それから、どんな姿か知りませんが、見たことはこの場で全部忘れて下さい。いいですね。大森の名誉の為です」
「はいっ! 忘れますっ。大森の名誉は俺が守りますっ」

時枝は開けてもらったドアの前で、一旦深呼吸をし、それから一人で中に入った。