その男、激情!119

(いよいよ、最終巻です!)

時枝が桐生第一事務所で、佐々木が脳の検査を受けながら、潤と黒瀬が社長室で会議資料に目を通しつつ、各々案じているのは橋爪と大喜の事だった。
その橋爪と大喜は、二人揃ってラブホテルの一室にいた。

「蓑虫状態で暴れるなっ」
「んぐぅ、ぐっ、ぐうう、ぐ」
「ナニ言ってるが全然分らん。大人しくしろ」

ダブルサイズのベッドの上で、肌に裂傷を散らせた大喜が、猿ぐつわをされ、両手両足を紐で括られ自由を奪われた形で、激しく左右に転がっていた。
大喜の肌を傷付けたのは橋爪ではないが、動きの自由を奪ったのは橋爪だった。
何故なら、大喜が「騙したっ」とか「死ぬ」とか「殺せ」とか泣き叫びながら全裸で暴れ出し、手が付けられなかったからだ。
仕方がないと鳩尾殴って気絶させ、意識がない間に裂いたシーツを紐にして、身体を拘束したのだ。

――ったく、初動ミスを犯したのは俺じゃないだろ。

覚醒してからずっと自分を恨めしげに睨み、転がり続ける大喜に全く同情しないわけではないが、こうなったのも大喜のミスだと橋爪は思っていた。
金さえ手に入れば良かった。
大喜が犯られる直前に、現場を押さえて金をふんだくってやるはずだった。
が、その邪魔をしたのは、一枚の扉だった。

「良く聞けっ、ガキ」

と言って、大喜が聞くとも思わなかったが、橋爪は続けた。

「俺はちゃんとギリで助けてやるつもりだったけど、そうさせなかったのはお前だ。ドアを閉めたら、どうやって外から入るんだ? 外からは開かないことぐらい、分るだろ」

大喜の動きが止まった。
だが口からは籠った音が漏れたままだ。
何か反論があるようだが、舌を噛み切られたらコトなので、猿ぐつわを外してやらなかった。

「ドアガードを噛ませておけばよかったんだ。入室する時、客の目が気になって無理だったんなら、隙を見ていつでも出来ただろ、それぐらいのこと。そうしたら、いつでも踏み込めたんだけどな。諦めろ。時間は戻らないし、犯られた事実も変わらない。だが、喜べ、一つだけいいことがある」

急に大喜が静かになる。

「金はたんまり頂いた」

その言葉はグサッと大喜の心を抉った。
金と佐々木への当てつけで、やってしまった過去と同じ理由でまた男と…
大喜が唸り、怒り露わにした目から水分を飛ばし、また激しく動き始めた。
橋爪に向かって突進したいようだが、思うようにバランスがとれないらしい。
大喜が身体を揺らす度に、彼の太腿を伝って客が残したモノがベッドを汚していた。 
自分の体温で温度を保ったソレが皮膚の上を滑る不快感が、自分を責めているように大喜には思えた。
佐々木の元に、本当に帰れなくなった。
佐々木にあわせる顔がなかった。
橋爪の指示とは言え、自ら客を連れ込んだのだ。
そして、口に出せないようなサディスティックな行為の数々に最後は自分でも感じ、何度も射精してしまったという事実。
自分より酷い目にあっている人間は五万といると思える余裕が大喜にはなく、佐々木への詫びと、佐々木との先がない絶望感だけが、大喜を占めていた。

「悪いが計画変更。もっと役に立ってもらうつもりだったが、足手まといだ。死にたいなら、俺が消えてからにしろ」

連れ出すにしても、人目を惹く。
紐を解くと暴れそうだし、猿ぐつわを外せば叫き散らしそうだし、また気絶させても抱えていかねばならない。

「じゃあな」
「んぐっ、ぐううっ、うぐぅっ、」

ベッドの上に、裸で転がる大喜を残したまま、橋爪は部屋から出て行った。