その男、激情!118

「佐々木さんの容体は? 悪いの?」

救急専門受付の待合室に座る木村を潤が見つけた。
祈るように両手を組み瞼を閉じている木村から返事はなかった。
一緒に来た黒瀬が、木村の耳元で『殺すよ?』と一言呟くと、

「出たぁッ!」

と跳び上がった。
寝ていたらしい。

「シッ。ここ、病院。人を化け物みたいに言うのは、どうかと思うけど? 仕事サボって寝ていたと時枝に告げ口しておくからね」
「…時枝、さん?」
「木村さん、時枝さんはマズイと思う。今日からまた時枝組長だから。もう、事務所に組長として顔を出している」

どうして、時枝に告げ口なのかという木村の疑問を即座に潤が解消する。

「――どうして? 勇一組長は?」
「どうして? それは木村のせいだから。佐々木のせいもあるけど」
「俺と若頭のせい? …どういうことですか?」
「そこは、些細なことだから省略。それより潤の質問に答えてないんだけど。それは、潤の質問にはバカバカしくて答えられないという意味?」
「質問?」

訊かれた時、寝ていた木村には、潤からの質問を受けた覚えがない。
聞いてないと言えば、目の前の男からそれこそ殺されそうだと必死でこの状況下から逃げる言葉を探した。 「バカバカしいなんて、滅相もございませんっ。え~っと、ですね…、それはですね、あのぅ、…そうそう大きなコブが出来てまして」
言いながら、二人の様子を見る。自分の回答の方向性があっているのか二人の表情で確認するしかなかった。
だが、黒瀬は表情を変えないし、潤は時間が気になるのか腕時計を見ていて、いまいち表情が掴めない。

「木村さん、俺も黒瀬も遊んでる暇はないんです。聞いてなかったんなら、そう言って下さい。寝ていたのに聞いてるはずないじゃないですか」
「申し訳ございませんっ。聞いていませんでしたっ!」

唾を飛ばし、木村が潤に謝罪した。

「木村、佐々木に似てきてよね。脳味噌が腐食し始めてる?」
「はいっ! 仰有る通りです」

木村は受け答えを完全に間違えていた。

「それで、佐々木さんの容体は?」

木村の返事などどうでもよかった。
潤は一人残してきた時枝が心配だったし、佐々木の様子も気になるし、午後からは黒瀬に仕事もさせるつもりだった。
さっさと肝心なことを言えと急かすように訊いた。

「大きなこぶができています。でも、こぶ自体は大したことはないとのことです。ただ、ちょっと問題がありまして。意識がないまま診てもらってたんですが…囈言で・・・そのう、まあ、…なんといいましょうか、きっと大森のことを心配しているからだと思いますが…風貌に似合わないことを呟いていまして…、念の為に脳の検査に回されています」

と、説明する木村の顔が赤くなる。
余程、恥ずかしい事を洩らしたのだろう。

「検査に時間が掛っているようで、…あとはまだ説明が、」

木村がまだ話している途中だったが、三人の耳に知っている男の濁声が飛び込んで来た。

「離せっ! こっちは多忙なんだっ。異常などあるかっ! ダイダイがっ! 俺をダイダイの所に行かせろッ!」
「離しませんっ! まだ検査が終わっていませんっ!」

声がする方へ視線を移すと、恰幅のいい看護師二人に両腕を取られ暴れている佐々木だった。

「全くあのゴリラはしょうがないね。もう木村は用無しだから」
「…でも、若頭が…」
「木村さんは、至急、組にお戻り下さい。佐々木さんのことは黒瀬と俺で足りるから。それよりも一人になっている時枝さんが心配。橋爪にまた狙われるかもしれない」
「どういう事ですかっ! また、組長がっ、あっ」

慌てて木村が自分の口を両手で塞いだ。

「今の組長って、兄さんのこと? ふふ、木村は気付いてたんだ。兄さんと橋爪の関係」
「あ、いや、その…、若頭の近くにいるので…。喫茶店で橋爪と思われる男も見ていますし…総合的に考えて」

寿命を縮めるような失言に、木村は怯えていた。

「若手ナンバーツーと呼ばれるだけの頭は持っているということらしいね」
「もう、組の人、みんな知ってるけどね。さっきその話になったから」
「え?」

助かった、と思った。
自分だけじゃないなら、咎めはないだろう。

「でも、その勘の良さは頂けないね。しかも気付いていること、我々に言わなかったことも。ふふ、信用できない組員ってことじゃない?」
「な、な、な…何を、仰有っているんですかっ。信用して下さいっ!」
「慌てるところが、怪しいね。ふふ、信用して欲しいなら、サッサと組に戻って、時枝の命を兄さんから守ることだね」

はい、と言うが早いか、走り出すのが早いか、あっという間に木村は待合室から消えた。
一方でまだ暴れる佐々木と看護師のやり取りは続いていた。

「黒瀬、アレ、どうする?」
「ゴリラは二分で片付けようね」
「二分?」
「一分でも足りると思うけど、ちょっと待ってて」

潤を置いて黒瀬が佐々木の元へ行く。

「煩いよ、ゴリラ」
「…ボ、ン」

黒瀬の出現で、佐々木が大人しくなった。
黒瀬の顔が一瞬で冷やかになったのを見て、自分の失言にも気がついた。

「さっさと検査を受ければ?」

ヤバイと、冷や汗を垂らしている佐々木に、黒瀬が冷たく言った。

「看護師さん、どうぞ、このゴリラ連れて行って下さい」

佐々木の時とは違い、紳士的な顔を恰幅の良い看護師二人に向けると、彼女達の顔が赤らんだ。

「アッシはもう大丈夫ですからっ」
「ふ~ん、ゴリラに何かあったら、小猿は誰が助けるんだろうね。頭は怖いからね。兄さんみたいに、急に大事なことを忘れるかもしれないよ。助けるはずが、自分の手で殺めたりして~。それでもいいなら、一緒に来れば?」

と言うと、黒瀬は佐々木から離れた。
途中、

「来ないの?」

と黒瀬が佐々木を振り返ったが、佐々木はばつの悪そうな顔で、顔を横に振った。

「ふふ、二分掛ってないよね?」
「1分18秒。さすがだ~、黒瀬。惚れ直した」
「じゃあ、秘書さん、あとでご褒美くれる?」
「…仕事が終わったら、タップリと。ゴホン。社長、仕事の時間です」

潤と黒瀬は佐々木を病院に残し、クロセ本社に向かった。

 

その男、激情! 最終巻へ続く