その男、激情!117

「それで、…あのう、…若頭と木村は?」

スキンヘッドの問いに、時枝からはあ~と、深い溜息が溢れる。

「お茶を一つ、…いや、三つ。…やはり、一つ。喉が渇きました」

スキンヘッドへの回答は後回しのようだ。

「一つって、私と潤に出すお茶はないということ?」
「はい。その通りです。もう私は大丈夫ですから、ここで遊んでないで会社に行って下さい。午後の業務には間に合う時間です。もし、少し遠回りしても構わないようでしたら、」
「佐々木さんの様子、でしょ? 大丈夫、俺と黒瀬で見てくるから。任せておいて」

最後まで潤が時枝に言わせなかった。

「本当に、潤さまはここ数年で成長しましたね。先も読める。クロセはこの調子だと安泰ですね」

時枝に褒められ、潤は照れ臭かった。
そして、黒瀬は、

「当たり前じゃない。私の側に潤がいて、クロセに何かあるなんて有り得ない」

潤を褒める時枝にジェラシーを覚えていた。

「はあ、それに比べて…桐生は…」

問題が山積だ。
やっと勇一が組長に復帰したかと思った矢先にこれだ。
組のこれからを思うと正直頭が痛い。
これから二人の間と桐生の内外で、起こりうる問題は数知れないだろう。
嘆きながらも、どこかに今の状況を少し楽しんでいる自分も時枝は感じていた。
何故なら、勇一の生死を杞憂した辛い時期は過ぎ、今の憂いは、勇一の命があってのことなのだ。
だが組員の目には、時枝の溜息とボヤキは、十分に同情に値するものとして映った。

「大丈夫ですっ、組長!」

皆が、黒瀬と潤を押し退けるようにして時枝の側に駆け寄った。

「そうですよ、組長っ!」
「この三年で、時枝組長も俺達も絶対成長してますっ! だから、俺達の凄さを『橋爪』なんかになっちまった勇一組長に見せてあげましょうっ!」
「時枝組長バンザーイッ!」
「桐生組バンザーイッ!」

時枝も黒瀬も潤も、組員達のこの盛り上がりは想定外だった。

「…黒瀬、俺達は、おいとましよう」
「そうだね。バカが伝染すると困る」

時枝は二人が立ち去ろうとするのを、自分一人にこの状況を押し付けるのかと恨めしげに見ていた。
だが、時枝の杞憂より、彼等の盛り上がりは一つ上を行っていた。

「行くぞ、てめ~らっ!」
「オーッ!」
「一刻を争う事態だっ!」
「オーッ!」

入口に向かう黒瀬と潤をはね除けた集団が、あっという間に姿を消した。

「…俺がお茶、煎れましょうか?」

頼んでいたお茶も煎れてもらえず、出て行った集団に呆気にとられていた時枝に、事務所を出そびれた潤が気を利かせた。

「お茶? ぁあ、結構です」

ドッと疲れが出たのか、時枝は机に突っ伏していた。

「命を狙われている時枝を一人にして全員で出掛けるとは、ふふ、ホント、成長しているよね」
「…黒瀬、俺達も早く行こう。佐々木さんも気になるし、木村さんを時枝さんの側に付けた方がいいと思う」
「はあ。成長しているのが、潤さま一人とは…。いや、彼等を信じてやらねば…」
「バカな子も可愛いっていう、親心? ふふ,バカな兄さんを捕まえるには、釣り合いがとれていいんじゃない?」
「そうですね。否定しませんが、あれでも優秀な面も持ち合わせていますので。早くお二人も仕事に戻って下さい」

バタンとドアが閉まり、静かになった事務所内に、時枝の深い溜息だけが響いた。