その男、激情!113

「あんた、大概にしろよっ!」
「うるせーっ! 屋根の下で寝たいなら言われた通りにしろ。金がなきゃ、腹も満たせね~だろうが」

夜の繁華街。
煌めくネオン。
男性が男性を求めて入る店や、元性別男のお姉様方が接客をしてくれる店や、男性同士が一晩過ごせるホテルが多く並ぶ一角。
車から降ろされた大喜は、とあることを橋爪に強要されていた。

「俺はホモじゃねえっ!」
「ホモだ。自覚しろ自覚」
「ジジィは好みじゃねえっ!」
「佐々木っていうのは、年食ってるよな? あれが二十代の青年とは言わせないぞ」
「オッサンは特別なんだっ!」
「じゃあ、他のジジィも特別にしろっ」
「だいたい、今時援交なんて、ダサイんだよっ。女子高生でもないのに、やってられるかっ!」
「じゃあ訊くが、コンビニ強盗やひったくり、お前にできるのか? 警察に捕まったら誰が哀しむんだろうな」
「援交だって、同じだろっ。離せ、俺は帰る」
「アホか。命が惜しかったら、言う通りにしろ。ちなみに、美人局(つつもたせ)だ。運が良ければ尻掘られる前に助けてやるさ」
「運が良ければじゃねえよっ。100%保証しろ。掘られる前に助けるって約束しろっ」
「―――お前、泣いてるのか?」

強気の大喜の目に、ネオンの反射だけではない輝きが含まれている。

「…る、せーっ。…他の男だけは嫌だっ。そんなことなったら、俺、オッサンの所に…戻れないっ、…もう、二度と嫌なんだっ、」

思い出したくない、過去の汚点を大喜は思いだしていた。
ステージの上で、ショウの一環として未開通のソコを掘られた。
それも金の為に自ら志願して。
もう今の自分は違う。
金の為に何でもありだった過去の自分に嫌悪さえ感じている。

「うるせーな、クソガキ。泣くと顔が腫れて、いいカモが釣れねーだろ。軍資金さえ手に入れば、解放してやるから、頑張れ」

煩いガキに仕事させる為には嘘も方便と、橋爪が変な慰めを入れる。
まさか、その言葉を信用するとは思っていなかったが、大喜の涙はピタッと止まった。

「…マジか? 金さえ入れば、解放してくれのか?」

案外、単純なガキだ。
利用するには持ってこいだ。
あの黒瀬やらその傍らにいた潤とかいう若造とは違って、アクがない。

「ああ。だから、仕事と割り切って頑張れ。金が入手できないなら、お前を売り飛ばす方向に変更するからな。そうしたら、二度とお前のオッサンにも家族にも会えね~ぞ。再会出来たとして、眼球一つの瓶詰めになっているか耳朶か」

鞭も忘れない。

「やりゃ、いいんだろっ! 任せとけ。この俺様の魅力に堕ちなかったのは、オッサンぐらいだ」
「墜とせなかったのか? あんな中年一人を? お前ら、まさかのプラトニック? お前の尻の孔が緩いのは、別の男のせいか? な~にが他の男は嫌だだ」
「違うっ! 時間か掛っただけで、俺とオッサンは歴とした、」

夫婦だと言いたかったが言えなかった。
籍も入ってないし、何より大喜は佐々木の家を飛び出し、実家に戻った身だった。

「――とにかく、金持ってそうなジジィをホテルに連れ込めばいいんだろ? 任せとけ」

急にやる気を見せる大喜に、腹の中で橋爪はほくそ笑んでいた。
本当に単純なガキで良かったと。
墓地の駐車場で車に乗り込んだ時、まさか自分が十分な金もカードも所持していないとは思わなかった。
着流しのそでにも、車の中にも財布がなかった。
帯に千円は挟まれていたが、それだけだ。
ガキの小遣い程度じゃ、この先のガソリン代にも困るのは明白だった。
自分の荷物をコインロッカーに預けていたことを思い出しそこに向かったが、辿り着く前に肝心の鍵を持ってないことに気付いた。
金も無ければ、着替えもない。
ならば調達するまでだと中華街に寄った。
台湾から連絡が来ているのか、誰も相手にしてくれなかった。
橋爪を見ても、「橋爪? 誰だ? お前など知らない」で、追い返された。
懐が寂しい橋爪の横で、大喜が呑気に

「腹減った~」

とほざいた。
その緊張感のない顔に、ガキに稼がせる手があったと思いつき、今に至る。