その男、激情!111

「あ、いた。木村だ」

佐々木の自宅と本宅は繋がっている。
正面玄関には回らず、そこから二人は本宅へ乗り込んだ。
すぐに黒瀬が知った顔を発見する。

「も、元組長代理っ! お、お早うございますっ!」

黒瀬の顔を見て、ギョッと驚いた様子の木村が、慌てて頭を下げた。

「止めてくれない? その呼び名。ダサイ」
「し、失礼致しましたっ! …あの、本日は、どのようなご用件で」

床を見ながら、木村が訊ねた。

「木村さん、佐々木さんがご自宅で倒れているようなので、至急安否の確認をして下さい。救急車か、通夜の手配か、どちらかが必要かもしれません」
「…救急車か、通夜? えぇえええっ!」
「ふふ、タンコブだけってこともあるけどね」
「ははっ! 大至急、向かいますっ」

顔をあげ、慌てて張りし去ろうとする木村の衿を「ちょっと、待って」と黒瀬が掴んだ。

「玄関鍵が掛っているから、こじ開けるモノ、持って行った方がいいですよ」

黒瀬に捕まった木村に潤が助言を入れる。

「承知しましたっ!」

木村は解放され、今度こそ本当に佐々木の自宅に向け走り去った。

「はあ、来るかと思っていましたよ」

朝から理学療法士の資格を持っている組員とリハビリ中の時枝が、黒瀬と潤を見るなり嫌そうな顔をした。

「一週間でここまで回復するとは、時枝って、妖怪だったんだ」

腕はまだ吊っているものの、歩行訓練を始めていた。

「はい、そうみたいですね。否定はしませんよ。あなたの秘書時代に、とっくに人間は捨てましたよ」
「朝っぱらから、可愛くないね」
「ふん、あなたが可愛いと思っているのは、そちらの秘書さんだけでしょ。お早うございます、潤さま。二人揃ってこちらとは。仕事は大丈夫ですか?」
「はい。もちろん、大丈夫です」
「そうですか。あまり、社長を甘やかないように。朝から、仕事をサボらせるのは感心しませんよ。私や勇一の事で仕事を後回しにするのは感心しませんね」
「…勇一の事って、…時枝さん、…知ってるの?」

潤の質問に答える前に、時枝がリハビリに付き合っていた組員を下がらせた。

「知ってるも何も、勇一は昨夜帰宅しなかった。一緒にいるはずの佐々木さんは、コッソリ一人で帰って来た。本宅からではなく、自宅に直接。つまり、佐々木さんは自分だけ帰宅したことを私に悟られたくなかった、ということでしょ? となると、勇一に何かあったと思うのが普通です。ソコまで私もバカではありませんから」

汗を拭きながら、時枝が自力で車椅子に座る。

「佐々木さんが、帰宅したこと知ってたんだ」
「当たり前です。ヒソヒソ裏から帰宅しても、部屋に灯りが点けば、誰でも気付きますよ。だいたい、仕事で遅くなるとか泊まりとか、佐々木さんは嘘が下手過ぎます。本当にそうなら、勇一本人から、私の携帯に直接連絡するはずです。つまり、」

そこで、はあ~、と深い溜息。

「消えたんでしょ? あのアホ、姿を消した。そんな所でしょう」

潤が、時枝の表情を観察する。
呆れてはいるようだが、哀しみに打ち拉がれているようには見えない。

「勇一~~って、泣かないの? 面白くないな~。どちらかと言えば、気合い十分って感じも受けるけど?」

黒瀬の言う通りだ。
想像ついていたのに、朝から汗を流し、スポーツジムさながらのリハビリ。

「どうして、私が泣くんですか。バカバカしい」
「バカバカしいって…。時枝さん…、ちょっと前までは……」
「それ以上は結構です。何を仰有りたいのか分かりますから。感動の再会も果たせましたし、生きているこの現実、哀しいことは何一つありません。むしろ、怒っています」
「…それは、消えた理由を知っているってこと?」
「事実は知りませんよ。ですが、考えられる理由は『橋爪』でしょ?」
「やだな。私と時枝の発想が同じって、どう思う、潤?」
「時枝さんとだけ発想が同じなら、ジェラシー感じちゃうけど、俺も同じだから…嬉しいよ。でも、時枝さんは一点だけ、知らない事がある」
「何ですか?」
「ダイダイの事」
「――まさか、勇一、…またですか?」

ダイダイと聞いただけでピンと来るところは、さすが時枝だ。