秘書の嫁入り 夢(13)

「あ、そっか。あの変態の秘書って嫁さんだって…タッ」

潤が慌てて大喜の足を踏む。

「イヤだな。大森君。どこかで頭打った?」
「…手加減、足加減ってやつを知らないのかよ……」
「社長室へ案内するから、静かにお願いします。大人が仕事をする場所で、学生さんに騒がれると仕事の邪魔です」

一年前は学生だった潤も、今は違う。
多少不埒が行為に及ぶことはあっても、仕事はちゃんとしているのだ。
大喜を諌め、受付に礼を言うと、大喜を黒瀬の待つ社長室へと案内した。

「社長、お連れしました」
「ご苦労様」

黒瀬が大喜を一瞥し、直ぐに潤に視線を戻した。

「では、私はこれで」
「市ノ瀬君も同席して下さい。お猿さんの相手は苦手ですから。猿が暴れてもいいように鍵もかけてね」

潤が退室するのを、黒瀬が止めた。

「相変わらずの、猿扱いありがとうよ。あんた達、どうなってるんだ? 嫁さんだってこと、隠してるのか? 市ノ瀬って、旧姓だろ? あんた今、黒瀬じゃなかったっけ?」

大喜は、黒瀬が勇一の弟で、その嫁が潤だともちろん知っている。

「会社では市ノ瀬だし、黒瀬との関係は秘密だ。時枝さんしか、社内で知っている人間はいない」
「へえ、そういうの、なんかカッコイイな。仕事とプライベートは別ですって、ヤツだろ」
「私は、一緒でも構わないけどね。それで、お猿さんは、何をしに山を下りてきたんだ? 突然私を訪ねるくらいだから、余程重要なことなんだろうね」

社長椅子に座っている黒瀬の側へは寄らず、大喜はソファに勝手に座った。
以前、黒瀬に裸に剥かれ縄を掛けられたことや、それ以上の思い出したくない酷い経験があるので、あまり近くには寄りたくないのだ。

「時枝のオヤジは、あんた達が面倒看てるんだろ? 本当に用があるのは時枝のオヤジの方なんだけど、居場所知らないからさ」

ソファの上からふんぞり返って、大喜が用件を話し始めた。

「時枝に用? 兄さん関係か」
「あんた、頭切れるね。その通り。組長、風俗遊びしてるぞ」
「別にいいんじゃない? 兄さんだって、遊びたい年頃なんだろ。独身だし」
「何だよ、それ。時枝のオヤジとあのボンクラ組長、できてんだろ。出て行った途端、風俗遊びとは、ヤクザのくせにギリもヘッタクレもないんだな」

フン、と大喜が鼻を鳴らす。

「組長さん、風俗で遊んでるんだ。俺、許せない」

横で聞いていた潤が大喜に同調する。

「まあ、兄さんもイロイロあるんじゃない? 時枝から見捨てられた状態だしね。忘れたいのか、何なのか」
「忘れたいって? 時枝さんのこと? 忘れられる訳ないじゃない。あの二人は、」

潤が段々興奮してきた。

「相思相愛、だろ。潤、分かってるよ。忘れたいのは、女々しい自分だよ。男を取り戻したいんだよ。雄として愛せないからね、今のあの人は」
「そうか。組長さんなりに、考えているのかも知れない」

潤が妙に納得した。

「勝手に進めるなっ!」
「あれ、どうして、お猿が怒っているんだ? そもそも、兄さんが風俗に行くぐらいでお猿が目くじら立てることもないと思うけど?」
「あるんだよっ! 勝手に一人で遊ぶ分には組長の好きにすればいいけど、あのボンクラ、オッサンを巻き込むんだ。オッサン可哀想に…組長命令で無理矢理ソープに連れて行かれて、3Pだとよ。あんた達だって、オッサンの純情ぶりは知ってるだろ。どれだけ傷付いたと思ってるんだ。ワンワン四十過ぎの男が泣いて俺に詫びを入れたんだぞ」

大喜の話に、黒瀬と潤が顔を見合わせると……

「ご、ごめんッ…ダイダイ、我慢できないっ」
「全くだ。その時の映像が目に浮かぶ…」

腹を抱えて笑い出した。

「笑い事じゃね―っ!」

大喜が大声を出す。

「いいか、あんたら変態夫婦は毎晩イイコトしているんだろうけどな、俺はボンクラ組長のせいで、一週間お預けなんだぞ! オッサン可哀想に、組長が久しぶりに事務所に顔を出すからって、はりきって家を出た日に、あんな目に遭って…俺に申し訳ないって、客間で寝てるんだぞ?」
「あ~~~、ごめんごめん。大森君…ダイダイにとったら辛いよな」

まだ笑い収まらないといった潤が、同情のコメントを寄せる。

「ふふ、覚えたてのお猿さんを、放っておくとは…佐々木もバカだね。猿はキリがないってこと、知らないのかな。動物の事典でも贈ってやろう」
「いい加減にしろ。俺は猿じゃねえっ! ちゃんとした人間だ。ただ年が若いんだ。毎晩だって、したいんだよっ! あんたなら、分かるだろ」

黒瀬には何をされるか分からないので、潤に大喜は詰め寄る。

「分かるけど、佐々木さんって、真珠入りだろ? 毎晩はきついんじゃない?」
「…オッサンは上手いんだ」

佐々木との結合を思いだし、大喜の顔が赤くなる。

「……それに、間が空いた方が辛いんだよ。分かるだろ」

あんたも、受けなら、と大喜が心の中で続ける。
思い当たる節があるのか、潤の顔もほのかに赤く染まる。