ヤクザ者Sの純情!9

「バイトっ! オッサン、今何時?」

ガラス越しに見えるネオンの明かりが、夜も更けていることを大喜に知らせた。

「十一時は過ぎてるな」

完全に遅刻だった。遅刻どころか、バイトが終わる時間だ。
今日はヘルスの呼び込みの仕事だった。

「…駄目だ。間に合わない…」
「残念だったな。何のバイトだ? また女の子誑(たぶら)かそうとしてたのか?」

ギラッと佐々木が大喜を睨む。

「違う! 火曜日はファッションヘルスの呼ぶ込みしてんの。結構いい金になるんだよ。あ~あ」
「ぶ~ぶ~ほざいてないで、黙って食え」

さらに、佐々木が睨み付けた。目で、食えと威圧する。

「味噌汁、美味い…」

その言葉に、佐々木の目が微かに和らぐ。
料理を褒められるのが好きそうだ、と大喜は頭に佐々木情報として、インプットした。

「ご飯も、いつもと違う…」

大喜の舌には、いつもより甘く感じた。

「炊飯器がないから、鍋で炊いたからじゃねえか?」

週一、二回しかここには来ないと言っていたことを思いだした。
佐々木は桐生組の本宅で暮らしていると言っていた。此処には必要最小限の物しか置いてないらしい。

「そろそろ、本当のことを白状しろ。何故お前は俺をつけ回した? あん?」

本当のことなど、大喜に言えるはずがない。
咄嗟に思いついた答えが、

「弟子にしてくれよ」

だった。

「は?」
「俺、オッサンの弟子になる」
「弟子ってなんだ?」
「う~~ん、ヤクザは無理だから、付き人? 家政婦さん代わりでもいいから。側に置いてくれない?」

大喜の申し出に、佐々木が面食らったような顔をした。

「そんなガキの気まぐれに俺がウンと言うはずないだろうが。ったく、何を血迷っているんだか。それも誰かの命令か?」
「違うっ! この前、オッサンに怒鳴られたし…嫌われてるのは知ってるけどさ~、オッサンヤクザだろ? 喧嘩も強そうだし。一緒に居れば、取立屋もそう無理は言ってこないだろうし……あの…ここに置いてもらえれば、家賃浮くし……」
「全く、話が見えん。お前、借金持ちか?」
「…そういうこと」
「で、人でなしのバイトしてたのか?」
「利子だけでも返済しないと、ヤバイだろ。親には頼めないし、自分の借金は、自分で返したい……ここ、広いし…あまり使ってないようだし…」
「俺が、断ったら、またアホなバイトに走るのか…だが、置いてやることはできても、そこまでの給与は払ってやれんぞ。第一、やってもらうことがない。しかも、ここに居れば、別の危険もあり得る。…かといって、本宅は無理だし」

意外にも、佐々木は大喜を側に置く方向で思案を始めた。

「別の危険ってなんだよ?」
「敵対する組からドンパチやられるかもしれない。乗り込まれたら、どうするよ、坊主」
「確率的にどっちが高いと思う? 取立屋に追いかけ回されるのと、ここでドンパチやられるのと。家賃が浮いて、怖いお兄さん方に追いかけられないだけでも、俺的にはオッサンの側がいい。なあ、駄目か?」

大喜は、あと一押しと、目を丸く見開いて、佐々木に迫るように身を乗り出した。

「変なガキに捕まっちまったな~」

ヤレヤレと、佐々木が頭を掻く。

「借金はいくらあるんだ。どこから借りてる?」
「七百万」

実際の金額の端数を切り上げて言ってみた。
多い方が、佐々木の同情を買うだろうという計算からだ。

「七本か? お前みたいな若造が、どうしたら、そんな借金できるんだ? で、どこから借りてるんだ」
「ミルキーローンと山猫金融とダルマ融資から借りている」
「ミルキーローンって、お前…」

そこは桐生組が運営している消費者金融だった。だが、佐々木はそれを告げなかった。

「まあ、そこは比較的大丈夫な所だ。が、後の二つは、早く返済した方がいい。取立が厳しいというより、お前、下手したら、外国に飛ばされるぞ?」

利息分だけでも、なんとか返済しているから、取立屋にお会いしてないだけなんだと、大喜にも分かっていた。
これが滞るようなら、直ぐにでも怖い面々が出てくるだろう。
それこそ、佐々木のお仲間さん達に取り囲まれても不思議はなかった。