ヤクザ者Sの純情!37

「社長、…俺、無理です。金は魅力でしたが、男相手になびくような人間ではなくて……いや、なびくかもしれませんが、俺は対象外でした」

佐々木の自宅を早朝四時に出た大喜は、公園で夜が明けるのを待つと、ファミレスで簡単な朝食を済ませ、仕事を受けた何でも屋に顔を出した。

「困ったね、君なら、やってくれると思っていたんだが。具体的にどこまでいったか、訊いてもいいかい?」
「どこまでって…、家に転がり込むところまでは……」
「そうじゃなくて、君、いつもの仕事みたいに身体張ってくれたんでしょ? どの辺までいって、どこで無理だと判断したのか、ってことだよ。具体的に聞いておかないとね。次の人間にアドバイスできないだろ」

大喜が途中で止めても、この仕事自体が無くなるわけじゃない。
大喜が駄目なら、他の人間を、ということらしい。

「…口と、手だけ…です」
「手って、指をケツに突っ込まれたのか? 突っ込んだのか? どっちだ」
「両方、違います! 手で掻きっこしただけですよ。それ以上はきっと、俺以外でも無理ですっ!」

自分以外の人間にそれ以上進められたら、ショックで立ち直れそうもない。
佐々木の場合、それは恋愛を意味する行為だ。

「おいおい、それじゃあ、中学生だろうが。何もなかったと同じだ。口ってフェラか」
「それは…俺だけ…ですけど」
「大森が、適任だと思ったが、俺の見誤りだったらしい。もっと大人がいいのかもしれんな」

ぺらぺらと社長が、登録者のファイルを捲る。

「社長、直ぐに誰かというのは…どうかと…、警戒されませんか?」

ただ単に、佐々木の側に誰かを近付けたくないというのが大喜の本音だ。
佐々木の側を離れたし、もう会うこともないのかも知れない。
だけど誰かが自分の代わりに佐々木を落とそうと画策することも、佐々木が自分以外の人間に好意を抱くのも、大喜は嫌だった。
未練というやつだろう。

「大丈夫、怪しまれるようなことはしない。もちろん、間を置く」
「はは、ですよね」

大喜がそれ以上、佐々木のことへ口出しをすることはできない。
自分が仕事を投げ出した以上、社長が依頼人の意向に合せ、別の誰かを差し向けることにとやかく言えない。
そして、今の大喜は佐々木への未練より、切羽詰まった重要案件を抱えていた。

「…あの、社長、…お金貸してもらえません? 住むところないんで…、それと、次の仕事を…、何でもしますっ! 高給なもの、回して下さいっ! 身体張りますっ!」

金もなければ、住むところもなかった。
脹らんだ借金の今月の返済期日も迫っている。
初日の一万と好きな物を揃えろと貰った五万円の残りがまだ財布には入っていたが、残りの日数の日給も本宅での時給も貰ってない。 
本宅では変な男に裸に剥かれ拘束されたぐらいで仕事はしてない。
よって本宅分は期待できないし、今更佐々木に給与を貰いに行くこともできない。
とにかく部屋を借りるにも、返済するにも金が全然足りなかった。

「何でも?」

社長の目がギラッと光った。

「はいっ!」

背に腹は代えられない。

「ないこともないけど。大森君、きみ、ラッキーというか、アンラッキーというか…。誰に斡旋しようかなと思案していたのが一つあるが、やってみる? 高給だ。一晩十万円」
「十万っ! やりますっ!」
「内容によっては、ボーナス有り」
「是非、やらせて下さいっ!」
「身体、張れるんだよね? 結構辛いよ? 逃げ出さないでね。うちの信用に係わるから」
「…死にはしませんよね?」

社長が念を押すので、少し大喜も不安になった。

「当たり前だ。死ぬほど、気持ちいいかも知れんが……まあ、その辺は素質だ。ああ、この仕事に回るなら、桐生の若頭に掘られてなくて良かったよ。明日からでいい?」

掘る? 
やはり、そっち系の仕事らしい。

「はい。…で、社長、何の仕事でしょうか?」
「ショーに出演するだけ。ちょっと、身体張るけど、内容は桐生の若頭を落とすことと、大差ないから。頑張ってくれ」
「頑張りますっ!」

社長の目が一瞬同情的になったのが気になるが、一晩十万なら悪くない。
そりゃ、その金額だから、内容は考えたくない。
佐々木のことを忘れるには、次の仕事に精を出すのも悪くないだろう。

「はい、これ、店の地図と案内。向こうには連絡入れておくから。それと、これ」

社長が二万円を大喜の手に握らせた。

「二日分のホテル代。貸しておくね」

くれるわけじゃないので遠慮なく受け取り、大喜は事務所を出た。