ヤクザ者Sの純情!35

「我慢できないっ、許せっ…」

張り付いた大喜は、身体を上下に動かし始めた。
自分の中心を佐々木の泡で滑りの良い背中に押し付けたままで。

「おまえっ、人の背中で何をっ!」
「…あぁ、メッチャ、いいっ! 最高ぅ」

佐々木の言葉など無視して、大喜が腰を擦り付ける。
佐々木の体温と自分の腹の体温と、そして泡のヌメリが、あっという間に大喜を高めていく。

「てめぇ、人の観音様を侮辱する気かっ! この大馬鹿野郎っ、離れろっ」
「…あっ、もう、…イくっ」

大喜が佐々木の背中に、体液を掛け、爆ぜた。
それがちょうど観音菩薩の顔の部分で、まるで顔射されたようになっていた。

「―信じられね……」

佐々木が上半身を捻り、鏡に背中を映した。

「…オッサン、ゴメン…怒るなよ…。背中の観音さま、俺の女にするよ。オッサンも、観音さまも、好きになるから、許してくれよ、な?」
「…ゆる、せるかぁあああっ!」

佐々木の怒声が狭い浴室に響き渡る。

「ったぁ、耳がツーンとする。ほら、湯、掛けるぞ」

佐々木の大きな声に臆することもなく、大喜は泡と自分の精液に塗れた佐々木の背中に湯を掛けた。
風呂の湯を手桶で掬い、流す。
三回掛けると泡もねっとりと張り付いていたモノも、すっかり消えた。
佐々木は大声を一度あげたきり、あとは無言だった。

「洗顔プラスのスペシャルパックが効いたみたいだぞ。観音さまの顔がツルツルのぴかぴかだ。感謝してくれ」

大喜は、満足していた。
最初は驚いたものの、佐々木の身体の秘密――真珠と刺青――を知ったという優越感と、佐々木に抜いてもらったことと、自分が抜いたことと……、短い時間だというのに、今日は上出来だと大満足だった。
椅子に座ったままの佐々木から離れ、大喜が湯船に浸かる。
達成感もあってか、凄く気持ちが良い。
普通の風呂なのに、温泉に浸かっているような気分だった。
あ~、いい湯だ~と、バシャバシャと顔に湯を掛けた。
オッサンも早く入れと佐々木の方を見ると、浮かれた大喜とは真逆の佐々木の姿があった。

「…オッサン?」

自分の身体を洗ってはいるのだが、暗い。
いや、暗いだけじゃなかった。
肩が震えている。
まさか、と思い、下を向いている顔を注意深く見ると、顔から床のタイルに、ポタッ、ポタッと雫か落ちている。
汗か湯の飛沫かと思いたいが、どう見てもそれは佐々木の目の位置から落ちていた。
大喜は湯から飛び出ると、佐々木の前に回り、顔を覗き込んだ。

「ウソ…マジ、」

本当に泣いていた。

「オッサン、泣くなっ。なんで泣いてるんだよっ、」

大喜に泣き顔を見られていると言うのに、泣き止む気配がない。
どうして、佐々木が泣き出したのか、大喜には見当もつかない。
涙をポタポタ落とす佐々木の横で、泣くな、泣くなと、大喜はオロオロしていた。

「…あんな事は…、ぐっ、」

泣いていただけの佐々木が、やっと言葉を発した。

「ん、オッサン、何でも言ってみろ」

今、大喜は子どもを宥める親のような心境だった。
もちろん大喜に子育ての経験はないのだが…

「…愛がないのに…うっ、しちゃあ、いけねぇんだ…」
「はい?」
「…お天道様(おてんとうさま)に、…申し訳が…たたねぇ、…欲望に…負けちまった、…情けねぇ~~、お前に……偉そうに…説教なんて…する資格もねぇ…」
「愛は、あんだろ? 俺は、オッサンが好きだって、言ってるだろ?」
「…お前は…、愛も…、恋も…、何もわかっちゃあ、いねぇんだ……くそっ、」
「後悔の、涙かよ? なぁ、オッサン、俺をイかせて、俺にイかされたことが、そんなに嫌だったのか?」

佐々木の返事を待ったが、佐々木はただ、自分が情けないと言うばかりで、大喜の問いには答えなかった。

「ふん、そうかよ…そんなに、俺が嫌いかよ」

頭をガツンと殴られたような気がした。
少しは好意を持たれていると思っていた。
さっきまでは前進したと、独りよがりに満足していた。
しかし、身体の距離が近づいても、意味がなかったのだ。
金目的で、しかも佐々木を落とす目的で近づいていたに過ぎない。
だが拒絶され、擬似の恋愛のつもりが、いつの間にか本気だったんだと思い知らされた。

涙を止めない佐々木を風呂場に残し、大喜は先に上がった。
大喜の方が、泣きたかった。
異性にはもてる顔だという自信があるし、実際振られたことはないという実績から、佐々木が自分に堕ちないことはないとタカを括っていた。
身体からでも陥落してしまえば、あとはなし崩しに、自分有利にコトが運ぶと思っていた。
だが佐々木の気を自分に向けようと躍起になった結果、気が向いたのは佐々木ではなく、大喜自身だったのだ。

「俺…、馬鹿じゃん…」

自分の気持ちが分った途端に失恋かよ、と仕事が上手くいくいかない抜きで、大喜はショックを受けていた。
初めて味あう失恋は、想像以上に大喜に重くのし掛る。
パジャマに袖を通すと、部屋に上がった。